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2006年12月の13件の投稿

2006年12月24日 (日)

帝王切開のその後

 母体のほうの、2週間検診のひかえた頃だったでしょうか。お腹の、手術跡よりはずれたところに、さわると痛い、斜めに走るしこりを見つけたのは。

 傷跡が痛むならわかるけど、これはいったいなに?
 頭の中をぐるぐるめぐるのは、ニュースでたまに聞く、開腹したなかにガーゼだのなんだのを置き忘れたという話。
 まさか、これがそうか?
 だとしたら、もう一回、腹を開けるのか?

 またあそこで産みたいなあと思った産院だけに、賠償問題とか、裁判とか、こじれたりしたらいやだなあ、などと考えつつ、検診のときにおそるおそる担当の先生に話してみたところ、


「ああ、それなら、お腹を開けたとき、そのあたりまではがしてますからね」

 は、はがす?

「そこがユチャク……というか、ニクメ……というか、もとどおりくっつこうとしているところなんですよ。そのうち気にならなくなります」

 えーと、とりあえず、治りかけの傷口が皮膚の下にあるってことでしょうか。
 結構もんもんと悩んだわりに、あっさり解決してしまいました。

 さて、わたしが通った産院は、先生の腕が良くて会陰切開も痛くない!と評判なんだそうで。

 だからなのかどうか、まあほかのひとと比べたわけじゃないからわかりませんが、思った以上に帝王切開の傷跡は小さく目立たず、きれいなもんです。
 下腹に横に走る傷跡は、だいたい携帯電話~ハガキの縦くらいの長さ。

 ……ここから、赤ちゃんが出てきたんだなあ。

 そう思うと、こんなちっちゃい傷跡から? と驚きますが。

 しかし経膣分娩の場合を考えると、逆に、こんなに長い切れ目から出したものが下からも? とも驚きますがね。


 早く下からも産んでみたいものです。

2006年12月21日 (木)

ガスが出たら

 盲腸の手術後などで、「ガスが出たら」食事開始というのを聞きますよね。

 それは、なんとなくわかる。腸をいじったんだもの。おならが出たことで、ちゃんと腸が通ってることが確認されるんだろうなと。

 んでも、帝王切開の手術後に、「ガスが出るまで水も飲んじゃダメ」は、どうもピンとこなかった。

 手術前に食事も水もダメ、は麻酔のせいで吐いちゃうことがあるから、というので理解できたつもりですけども、胃腸関係はどうもしてないはずなのに、なんでガスが出るのを待たなくちゃならんのか?

 そもそも日常生活でそう都合よく毎日ガスが出るわけでもなかろうに、手術が終わったからといって、急にぼばんと発破するものなのか?

 ……なかなか出なかったんです。

 お腹にちからをいれてがんばってみようにも、痛くてちからがはいらないし、そもそもなんにも出そうにない。

 だいたいこの日の夜までには出る、と言われてた日にも出なくて、その翌日も出なくて、なによりずっと水さえ飲めないのがつらくてつらくて!

 水が飲めないかわりのうがいのときに、少しだけ飲み込んでみると、それで胃腸が動いたのか、なんとなく気配のような、気泡のようなものを感じましたが、外に出る前にどこかへ消えてしまったり。

 つらすぎる! もういいや!
 と、朝の検温のときに、
「ゆうべ、夜中にガスが出ました」
 とウソ。

 ようやく水、解禁。食事も重湯からだけど、食べられることに。

 ええもう、食べたとたん、出ましたよ、ガス。

 やっぱ胃がカラだと腸も動かないからガスなんて出ないよなあ、なんて思ったんですけども、まあ医学的にはどうなんでしょう、胃がカラの状態でガスが出ることに意義があるのかもしれませんが、そのへんよくわからない素人は、飲食禁止の苦しさに負けて、ウソをついちゃったのでした。

2006年12月20日 (水)

お宮参り

 行ってきましたお宮参り。

 赤ちゃん用のドレスだ初着だをどうするかでひと悶着ありましたが、それはまた後述。

 行きつけの神社(多分「行きつけ」以外に言い方はあるんだろうが)で、受付をすませ、待合室で呼ばれるのを待っていると、お宮参りや七五三のご家族にまじって、巫女さんのアルバイトの面接に来た女子高生がちらほら。

 会話を聞いていると、まだ一年生らしく、初々しくて可愛かったです。

 さておき。
 赤ちゃんを正装させると、親もスーツとかあらたまった格好しなきゃで面倒だし、なにより一度しか着ないものを買うなんてヤだ、ということで、お宮参りは普段着で、と話はついていたのですが。


 ぎりぎりになって、親戚筋から「うちの孫に使ったのを、ぜひ」と。

 クリーニングして返すとかお礼とかはいらないから、ぜひ使ってくれと。


 ……えー、そう言われたって、着るのは赤ちゃん。

 ミルクをげぼっとやったら当然クリーニングしなくちゃだし、いらないっていわれたって、ちょこっとお菓子かなんか送るくらいはしなきゃって思うのがヒトの気持ちというものでしょうし。

 だもんで、お義母さんが、
「お礼とか面倒だから、借りるくらいなら、何万円でもいいから買う
 と言い出しちゃったり。

 うーむ、うーむ。

 別に必要ないから買わない、という結論になってたのに、貸してくれるひとが現れたら、「だったら買う」なんて、そりゃあちょっと、あまり口出しできない嫁の立場でも、全力あげて止めたいところです。
 そんな金があるなら雛人形買ってくれ。いや、ベッドメリーでもいいから。

 幸い、そんなはめにはならず、先方が重ねて「お礼やクリーニングなどは絶対しないでくれ」とおっしゃるので、ともかくお礼の電話だけわたしが、あとちょっとしたお菓子を夫が買って送ることで決着。

 当日うちの子がドレスに初着を重ねることとなったのです。

 しかし、思ってたよりか正装率は高かった。

 8~9割、まあほとんど正装なんだけども、だからって普段着だと見劣りするかってわけじゃなく――というか、わたしがあまり気にしないたちだからかもしれませんが――どの家族もみな、赤ちゃんを抱いて幸せそうでしたよ。

 それに正装も、見たところ結構何度も使いまわしているな、というのが多かった。そうだよなあ、こんなの買って一度きりなんてアホらしいもんなあ。
 それで親戚のかたも、うちがお宮参りだってんで、どうしても使ってほしかったんだと思うよ。もったいないもん。

 さて順番を待っているあいだ、活躍したのは、ナーシングカバーでしたね。

 エプロンの上だけみたいなやつで、そいつを使うとひとまえでも授乳できるというもので、手作りしたんですけども、お友達が家に遊びにきたときといい、実に重宝しました。

 待合室で赤ちゃんがぐずりだし、おしゃぶりもダメ、もう、そろそろ呼ばれるんじゃないかなーという頃だったので、いいやもう、とささっとこのカバーをかけて授乳。

 ほかのご家族の、赤ちゃんが泣き出しちゃって急いでミルクをつくる様子を見ながら、

「なるほど、母乳はかさばらないし、すぐ出せる便利な弁当なんだな」

 と思いました。

 さて、神主さんに祝詞をあげてもらい、最後にお神酒を、赤ちゃんにはひたいにちょんと一滴、あとは家族で回し飲み。

 なんか、この、神社でいただくお神酒って、やけに美味に感じます。

 そういう雰囲気のもとでいただくからなんでしょうけども、あの小皿みたいな盃で、こぼさないように気をつけながら、そっとすすりこむ、そりゃきっと純米大吟醸なんかじゃないだろうけど、滋味とでもいうのか、なんだか気持ちのいい舌触りと味。

 多分きっと、子どもの頃、おままごとのカップで飲んだお水の味、ちょっと特別な味、なんだろうなあ、と思います。

 赤ちゃんは、まだ飲めないけども。
 七五三のときは、どうかな?
 まだおでこにちょん、かな?

 いつかこの味について、この子と語り合いながら酌み交わしたいものです。(←いやお神酒は普通、酌み交わさんだろう)

2006年12月15日 (金)

一ヶ月検診

 一ヶ月検診で、この産院での処置はおしまいです。

 やあ、思い起こせば色々あった。

 そもそもこの病院に来たのは、不妊症ではないか? の検査のためだったので。

 夫をふくめて、さまざまな検査をし、数ヵ月後に妊娠したこと。おそらく造影剤をいれた検査がきっかけだったのでしょう、という話は、お医者さんもしていました。

 そうそう、お医者さんは、院長先生など常勤の先生のほか、大学病院から交代で何人かの先生がつめているので、曜日や時間によっては違う先生に診断されたりするんだけども、とちゅうから、やはり不妊治療から世話になった先生にお願いしたい、ということで、N先生ご指名をしてたのでした。

 カルテに、「N先生希望」という付箋紙が貼ってあるのがちらりと見えて、ああ、長かったよな……としみじみ。

 さて。

 どうしても、聞いておきたいことがありました。

 それは、今回帝王切開だったけども、次は下から産めるのか、それと、また帝王切開になったら、いったいどこを切るのか?ということ。

 前者については、状況によるけれども、骨盤が狭い等の理由で帝王切開になったわけではなく、たまたま逆子だったから、という理由なので、次は下から産める可能性は、比較的高いとのこと。


 そして一番気になった、もしもまた帝王切開になったら、傷跡はどうなるのかということですが。

「今回の傷跡を切り開くかたちで切ります」


 おお、ということは、傷が産んだ数だけ何本も……ということにはならないんですね?


「そんなデリカシーのないまね、ぼくたちはしませんよ」


 ぼくたち、というのは産科医をさすのでしょうけど、デリカシーのないまね、ときたか!

 ちょっと笑いました。

 内診台にはじめてのぼったとき、「むこうは仕事でやってるんだから」と恥ずかしさを追い払ったわたしですが、先生の、やはり非常にデリケートな内容を扱う「仕事」であることをちゃんと意識している、その姿勢は、とてもいいなあ、と思ったのです。

 リピーター率、なんてものが産院にあるかどうか知らんけど、統計とったとしたら、けっこうここは高いんじゃないかな、なんて思いました。

 なんてったって個室だしメシが豪勢だし(ってそれはもう書いたので略

 あ、赤ちゃんは、なにも問題なし。

 しかし検診の順番を待つあいだ(その間は看護婦さんに預けている)、ちょうどお腹をすかせてしまったらしく、待合室まで聞こえてくる泣き声に、

「あ、うちの子の泣き声だ」

 とわかったことに、感動しちゃいましたよ。

 不妊症の検査をするあいだ、隣の診察室から聞こえてくる赤ちゃんの心音を、ずっと木魚だとばかり思ってたわたしがねえ……。

2006年12月 9日 (土)

生まれたばかりの赤ちゃん

 楽観的な悲観主義者なものですから、物事はだいたい悲観的に予測しておいて、
「あ、想像してたよりか、けっこう良いや」
 とあとでホッとする奴です。

 新生児って、だいたいしわくちゃで真っ赤でサルのようで、思ってたほど可愛くない、と聞いてましたから。

 心配だったのは夫が、妹さんに赤ちゃんが生まれたとき、直後は、
「あんまり可愛くなかった……」
 としょげてたのに、一週間ほどで、
「すごく可愛い!」
 となった、それはいいんだけども、生まれた直後は可愛くなかったと思ったことをすっかり忘れてて、
「可愛くなかったなんて言った覚えない、最初からすごく可愛かった」
 と言い張ってたことです。

 いざ赤ちゃんが生まれたときに、そのしわくちゃの赤くてサルみたいなのを見て、
「妹のときは最初から可愛かったのに……」
 なんて言い出すんじゃないかなあって。

 だもんで、もうとにかく、
「生まれた直後は可愛くないもんなの! そういう覚悟で立ち会ってほしいの!」
 となるべく期待値を低くもつように説得。

 そしてわたし自身はなおさら、ぶっちゃけ子ども好きなわけではないし、赤ちゃんなんて可愛いのもいればそうでないのもいる、「赤ちゃん可愛い」なんて十把一絡げで言えるもんかい、という奴なんで、
「生まれた直後は可愛くない」
 としっかり自分に言い聞かせておりました。

 んーでもね。
 不思議なものですね、出産て、というべきか。
 たまたま本当に可愛かったんだというべきか。

 生まれた赤ちゃんは、しわしわなんかじゃなくて、最初からほっぺたぷっくぷくで。

「かわいい……よかった、かわいい」

 なんて、思わず呟いていました。

 ちょっと、呆然としてたかもしれません。意外で。

「よかった」
 なんて呟いたのは、ごくごく素直に、かわいい、と思えたことに。

 ホント、安心しました。

 そして、妊娠した妻から本当は子ども好きなんかじゃないと打ち明けられてひそかにずっと心配していたらしい夫も、それで安心したらしいですよ。

 まあでも、だから子ども好きになったかというと、そういうわけじゃなく、自分の子どもがまず可愛くて、その延長線上にひとんちの子どもを見て、いつかうちの子もあれくらい大きくなるんだな、可愛いな、と思うのですよ。

 それでいいじゃんかさ、と思うのですよ。

2006年12月 8日 (金)

帝王切開の思い出(3)

 さて、いよいよ手術台へ。
 腰から下にだけ効く麻酔を打たれ(その前に点滴だの、なんかほかの麻酔だか嘔吐感をやわらげるだかなんだかもううろ覚えの注射を肩にうたれたり)、ああ、この注射、そういえば痛かったな。
 その後のもろもろのほうがよっぽど痛かったので忘れてた。
 ともかく、足のほうがじわ~んと、「正座してしびれた」のラスボスみたいなのがやってきて、
「気持ち悪くなったら言ってくださいね」
 って、うう、すでに気持ち悪いんですけど。言っていいのかなあ?

 しかし、ちょうどそのとき、立会いの夫がマスクや帽子、スモックみたいな白衣に身を包んであらわれ、顔を見たとたん、その気持ち悪さはふーっとどこかへいきました。
 立会いは病院の方針だったとはいえ、夫の頼りがいのなさを再確認することになったらイヤだなあ、と思ってたんですけども、ひとりぼっちで手術台のうえ、よりか全然、そばに夫がいる、ただそれだけで気持ちが軽くなるもんなんですねえ。
 さて手術。

 帝王切開も痛いとは聞いてたものの、手術中は麻酔が効いてるんだから、術後が痛いんだろうな~、とばかり思ってたら、
 手術中も、かなーり痛かったです(涙
 もちろん麻酔がきいてるので、そういう痛みじゃあないんです。

 ただ、こう、ショックが来る、というか。

 こう、「ぐいぐいぐいっ」と、お腹の中からいろいろ引っ張り出されてる! という痛み。
 そのたびに心拍数があがって、「ひっひっふー」じゃないから深呼吸して耐える。
 3回くらい、「ぐぐ~~~~っ」はありましたね。

 夫が言うには、赤ちゃんをとりあげるときと、へその緒をずるずると引っ張るときと、胎盤をはがすときだ、というのですけども。
 まあたしかに、赤ちゃんが出てきてからの、最後の「ぐぐぐ~~~っ」が一番痛かった。胎盤はがしてたのか。
 夫が写真を撮り、きれいに洗ってからわたしは赤ちゃんを見せてもらい、それから事前にお願いしていたとおり(といっても、この産院は必ず見せてくれるそうだけど)へその緒と胎盤を見せてもらいました。


 すげえ。
 本当に、でっかいレバーみたい。白い膜が張ってるとこなんか、もー、内臓!て感じで。
 小さい洗面器くらいの大きさはあったでしょうか。白い膜が羊水側で、その裏側が子宮に貼りついてたほう。そっちはこう、いかにも肉!という感じで、思わず、
「おお、肉肉しい……」
 と言ったら、看護婦さんが、なんか感心してました。適切な表現力だ、とかいって。えーと、ありがとう?

 で、写真も撮ったけどまだ飽き足らず、
「さ、触らせてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞー」

 うわーい!

 献血いくと、血液パックさわらせてもらって、「おお、あったかい」なんていって喜ぶようなやつですから。
 も-う嬉々として触らせてもらい、
「すごーい」「あったかーい」と大興奮。

 あんまりわたしが喜んでるんで、うらやましくなったらしい夫も参加して、夫婦ふたりして、
「あったかーい」
「レバーだ、レバー」
 と大騒ぎ。

 赤ちゃんそっちのけで喜んでたので、珍しい夫婦……と言われましたが。
 まあそりゃそうだ。
 や、だってレバーの、じゃない胎盤とは反対側に、いつのまにか赤ちゃんが置かれてたけど、気づかなかったんだものー。


 そのあと、まだ手術台のうえで、ものすごい痛みにおそわれるも、
「それは子宮収縮の痛みですからね、それには麻酔は効かないんです」
 えええ~、これが一番痛いんですけども~~~。
 それともこれが陣痛の痛みなのかしらん、子宮収縮ってことは、陣痛も同じことだよな? てことは、帝王切開って、結局両方の痛みをあじわうのかしらん、などと思いましたが、あとで聞くと、経膣分娩はまだまだこんなもんじゃないそうで……。
 じゃあまあ、その痛みはいずれ今度味わうとして、その後、手術室から病室へと移動したのでした。
 そうそう、病室のベッドに移動するとき、看護婦さんが数人がかりでわたしをよいしょっと持ち上げるわけですが、

「お運びお願いしまーす」
 と言ってるのに必要な人数が集まらず、
「んもうっ、なんでお運びが終わる前に戻ってっちゃうのよっ」
 とぶつくさ言ってたのが印象的でした。
 なんかこう、出産の現場といっても神聖なものではなくて、やはりニンゲンの『職場』なのだなあ、と。
 そして、『神聖』であるよりか、『職場』であるほうが、なんだかいいなあ、とわたしは思ったのでした。

2006年12月 7日 (木)

帝王切開の思い出(2)

 さーて。
 帝王切開当日です。

 9時前に来てくださいね、と言われてたんですが。

 時間ギリギリで、夫が、



「大事なザリガニが脱走した!」

 と。



 えーと。
 なんか珍しいザリガニを夫はペットにしてまして。
 大事な血統のメスが水槽を脱走して、見当たらない、とおっしゃる。9時10分前にな。

 ま、たしかに産院はわりと近所ですよ。
 車で10分弱。
 結局、全長10cmほどのザリガニを探して夫は家中をうろうろし、発見できないままあきらめて出発。
 産院についたのは9時15分。

 誤算だったのは、すぐに手術準備にはいるのかとばかり思っていたら、まず健診をしてから、だったため、普通に外来の待合で待たされたこと。

 一時間近く待たされて、
「だから9時前に来いって言われたんだよ……」
 とさすがに夫に不平をもらすと、
「9時前に行かないと待たされるって言わなかったじゃない」


 おまえ、その言い草ってありなのか? ありなのか?

「……もういいから、ザリガニ探しに家にもどったら?」

 正直、となりで夫が、見つからなかったザリガニのことでやきもきしてるんじゃないか、なんて考えてるよりは、この場にいないで家でザリガニでもなんでも捜索しててくれたほうがよっぽど気楽なので(そのかわり一生「わたしが手術っていうときにあんたは……」て言うがな)、何度もそう言ったんですけども。

 さすがに気が引けるのか、かたくなに、
「いや、いいから。ザリガニのことはいいから」
 と言ってました。

 さて、健診では、再度エコーで、さかごであることを確認。
 ここでさかごがなおってたら、どうしたんでしょうねえ。そこを質問しそびれた。
 おうちにかえされて、普通に陣痛がくるのを待つことになったのか、それはそれとして、陣痛促進剤かなんかで、さかごがなおってるすきに生ませちゃうのか。

 さらに、もう一度、帝王切開にする理由、手術について、などを説明され、同意書を書いてから入院病棟に案内されました。

 ああ、そういえば、エコーで赤ちゃんの状態を見ているときに、
「普通は頭を下に……ああ、さかごが悪いというんじゃないですよ、これが赤ちゃんには一番居心地がいいから、こういう状態になってるんであって……」
 と、さかごは「異常」だと妊婦に受け取られてはいけない、と気にしている様子がうかがえましたね。

 もちろん、そんなふうに、「ぽろっと」はあるのだけれど、妊婦にたいして一生懸命気遣いをしようとしている、やっぱり良い産院だと思いました。

 さて入院病棟では、陣痛がきてる妊婦じゃないから、わりとのんきに施設案内をうけましたよ。
 無料で飲めるコーヒー、紅茶のことやシャワー室のこと、入院中に使用する下着類などなどはすべて病院から支給されること等々。

 その後、専門学校かなんかの学生さんが研修にきてるそうで、剃毛と浣腸を見学させてもいいか、もちろんイヤなら断って、という申し出があったんですが、ちょっと考えて、お断りしました。
 数日前の『カンチョウ』で書きましたけど、この時点では、まだ2リットルのグリセリン浣腸をすると思ってたので、ちょーっとなあ、そそうしたら怖いしなあ、というわけで。

 ああ、そういえば、まだ生んでないのに、わたしのことを「ママ」と呼ぶ看護婦さんがいて、それはけっこう抵抗があったなあ。
 説明の仕方とかが、フレンドリーというか夫は「なれなれしい」と言ってたけども、観光地のご案内っぽくてわたしは笑っちゃってたけども、その看護婦さんが、「これはママが使うなんたらで……」というのが、ちょっとイヤだった。

 どこかで、「ちゃんと生まれてこなかったら……」「死産だったら……」なんて悲観的なことを考えていたので、「ママ」と呼ばれることが、「ママになれないかも」という不安をあおってくれちゃったなあ。

 うん、あの産院に不満があるとしたら、その一点ですね。
 それ以外のことについては(退院時、便秘薬を処方してほしいといってあったのに、けろりと忘れてたこととか)勘弁してやってもいい。

 話があっちこっちいきました。


 さてさて。
 浣腸のことはすでに書いたので、剃毛ですけども。

 なにかで「最近はカミソリでは剃らない。皮膚についた細かい傷から感染することもあるから」なんて読んだとおり、バリカンのようなもので、「剃る」というより「刈る」感じでした。
 そして、おそらく経膣分娩のときに剃る場所は剃らず、剃り残す場所を剃ったって感じですね。

 浣腸もふくめて、終わってみると、
「なあんだ」
 という感じで、見学、させてあげてもよかったかな、と思いました。減るもんじゃなし、ねえ。

 このあと、出すもの出したり、点滴いれられたり、前夜から「水も飲んじゃダメ」がつらかったけど(うがいするとだいぶラクになった)、まだまだそんなつらさは、鼻くそみたいなもんだと実感するのは、次で書きます。

2006年12月 6日 (水)

帝王切開の思い出(1)

 せっかくだから、帝王切開、どんな感じだったか綴っておこうかと。

 まず、帝王切開に決まった理由。
 さかごだったから、です。

 病院によるのでしょうけど、わたしが通っていたところは、
「さかごを経膣分娩で産むのは、さかごでない場合と比べて障害が起こる可能性が8倍」
 という説明を受け、37~38週でさかごのままだと予定帝王切開、というところでした。

 まあ、体に傷がどうのというより、子どもが無事に生まれてくることがとにかく優先事項だ、と思ってましたので、特段抵抗することなく、「帝王切開になりますがよろしいですか?」という問いに、あっさり了承。

 そこからが、ちょっと早かった。

 手術日は毎週水曜日、と決まっているので、すでにその健診のとき、37週だったから、38週か39週の水曜日、つまり、

「来週か再来週に手術」

 という選択を迫られたのですねー。

 おいおい来週って、と思ったものの、さらに先延ばしすると、もう陣痛がきたっておかしくない週数にはいる、つまり予定帝王切開じゃなくて、緊急帝王切開になるかもしれない。

 ……それは、怖いよなあ。

 だもんで、翌週を選択しました。
 や、けっこう胎動が痛くて、それがしんどいってのもありましたけど、早く会いたいなあ、この、中の人に、という思いもありましたし。

 もっとも、そう決めた途端、痛くてつらくてしょうがなかった胎動が、愛しくて、名残惜しくてしかたなくなったりもしたんですけどね。

 結局のところ、「何日に出産」と決まっているのは、なかなかに快適だったように思います。

 もちろん、何人も生むためには経膣分娩のほうがよかろう、という思いはありましたけど、なによりもまず、一人目を無事に生みたかったし。
 担当のお医者さんから、帝王切開について、
「医学的には、帝王切開で『何人までしか生めない』という限界はありません。もちろん、10人、20人というのは無理ですよ、常識の範囲内で、という話で。自分の経験でいいますと、帝王切開で5人目というのがありました。さすがにたいへんでしたけどね」
 と言われたのに、非常に勇気付けられましたね。

 5人生んだひとがいるなら、3人くらいなんとかなるだろうと。

 それに、わたしの通っていた産院は、緊急帝王切開の設備(?かなんか)が整っているのか、前回帝王切開だったけれども今回は経膣分娩で生みたい、という妊婦さんがまわされてくるところだったので、次の子を生むときも、ここなら安心だろう、とも考えたわけです。

 そんなわけで、大きなお腹と、ぼっこぼこと痛い胎動に名残惜しさを感じる以外は、わりと穏やかに、手術日当日をむかえたのでした。

 まあ、当日は、そんな穏やかじゃあなかったわけですが。

(2)に続く。

2006年12月 5日 (火)

スプラッター

 友達、と一言でいっても、いろいろありますよね。

 知り合いに毛の生えた程度の友達から、だいぶディープな話をしてもオッケーな友達まで。

 その後者のほうの、だいぶ付き合いの長い友達がいまして。

「赤ちゃんの写真ばっかりの年賀状なんて、イヤだよね」

 なんてあたりでも気の合う友達なんですけども。

 しかし、まあ、実際生まれてみると、年賀状にドーン、は確かにイヤでも、メールに写真添付くらいはしたくなるものです。


「けっ、早速親バカかよ」
 と笑われるかなあ……なんて思ったわたしは、考えたあげく、三つの画像を添付してメールしました。


 ひとつは普通に、かわいい!と思った我が子の寝顔の画像。


 ひとつは普通に、すっげえ!こんなのが入ってたんだ!と感動した、胎盤とへその緒(縫ったばかりの帝王切開の傷跡を背景に)の画像。


 ひとつは普通に、我が子が生まれた瞬間の、よくまあ夫は卒倒せずにカメラのシャッターを押すことができたものだなあと感心した画像(帝王切開なので全身血まみれ)

 


 ……メールしてから、かれこれ一週間。


 まだ、友達から返事はありません。

 なんでだよう、スプラッターな話とか、きみ、わりと好きじゃなかったか? なあ?

2006年12月 4日 (月)

カンチョウ

 官庁じゃなくグリセリンとかのあっちのカンチョウの話。

 多分、マンガだったと思います。
 出産前に、カンチョウするって話を読んだのは。

 いやもちろん、産院でも「カンチョウする」てことは説明されてましたけども。

 妊娠前からのしつこい便秘症がついでに治るかも、ついでに宿便も出ちゃうかも、と前向きに考えながらも、少々びくびくしてたのは、



 グリセリン液、2リットル


 を、注入する、とその、なにかのマンガで読んでたからです。

 ええ、そりゃもう、いざそのときになって、陣痛が来てるわけじゃないから多少余裕かましつつ看護婦さんに、

「2リットルって本当ですか?」

 て聞いちゃいましたよ。
 本当だろうがウソだろうが逃げられるもんじゃないとは知りつつも。


「え? これだけよー。120cc」

 看護婦さん、そう言って、例のいちじく形状のあれを見せてくれました。

 あら、ホントだ、そんだけ? 昔は500cc入れてたこともあるそうですがね。

 しかし120ccでも効果充分だったんだから、500だの、まして2リットルだの(そもそもはいるのか)、どんなことになるのか……
 そういうシュミはないので、深く考えたくはありまへんけど。

 でも出産以来快便が続いております。

 ああ、はやくまた妊娠出産したいなあ。べつにそれだけが理由じゃないが。

2006年12月 3日 (日)

ジーンズ

 退院してすぐ、妊娠する前にはいてたジーンズに足を通したら、腹がしまらなかった、というショックを乗り越えて、産後約3週間目にしてもう一度はいてみたらば、

 はけました。多少、ねじこんだ感はあるけどな。


 いや、でも知ってましたよ。
 お腹から赤ちゃんが出たからって、すぐスタイルがもとどおりになるわけではない、せいぜい妊娠6ヶ月頃くらいのお腹になる程度だ、てこと。

 なにかでそう読んでたので、退院時の服は特別用意しませんでした。

 予定帝王切開だから、退院のときに来ていたい服(産後も使えるマタニティスカートと、普通服のブラウスにヒールのある靴)を着て入院したんですね。

 同じ服で、産む前・産んだ後の写真を撮ったら面白いかなあと思って。




 ……ちっとも違いがわかんない写真でも、それはそれで面白いかなあと思って!(涙

2006年12月 2日 (土)

母乳(2)

 週末は、赤ちゃんの夜のお世話を夫がやってくれます。

 まあ、生まれたてで可愛くてならない、いまのうちだけかもしれんけどー、やる気があることなら、いくらでもやってもらいましょう。

 そういうわけで、ありがたいことはありがたいんだけども、乳がはってきてしょうがありません。

 せっかく朝寝ができるというのに、乳が張って痛くて、結局起きてしまうんですね。

 で、今朝もそのように起きて、赤ちゃんに吸わせたんですけども。


 片方飲んだだけで寝てしまった……。

 全然起きようとしないし、吸われてないほうの乳は痛いしで、しょうがないから搾乳しました。


 わあ。

 乳片方だけで50ml出た。←母乳保存バッグが50mlだったのでそれ以上はしぼれなかった。

 いつもミルクをあげるときは、60mlがせいぜいですからね。50飲んでもう満足したってことか。


 しかし搾乳って、ひたすら痛い! というイメージがありましたけども、いやそりゃまあたしかに張った乳をしぼるのは痛いけども。

「おおお、こんなに出た!」とか、

「おおお、そんな方向に飛ぶのか!」とか、

「おおお、まだ出るのか!」とか。

 なんか、鼻の毛穴パックとか腋毛処理と共通する「ハイ」な気分になりますね。

2006年12月 1日 (金)

産院

 職場に少々ホラ吹きなおかたがいらっしゃいまして。

 いや、ウソってほどじゃなく、ちょっとセンセイそれかなり大げさに言ってるでしょ? と突っ込むのももう毎度のことだからいいや、と流しちゃうような。

 まあそういう話もキライじゃないので、忙しいときじゃなければ、ほうほうと話を聞くのですが。

 そのなかに、奥さんが出産で入院したときの、その産院の話があったんです。

 なんでも物凄い豪華!! な産院で、食事はシェフが目の前で肉を焼き、「本日のメニューは……」なんてかましてくれ、バターはエスカルゴみたいな形にしぼりだして固めたやつだとか。

 まあね、ああまたか、と思いつつも、べつにわたしがその産院で産むわけじゃないし、へー、すごいですねー、と相槌うってたんですけども。

 わたしが妊婦になったと知ると、割高ではあるけども良い産院だったから紹介しようか、とおっしゃってくれましたけども。つか、埼玉のニンゲンに横浜の産院を勧められてもな。


 まあ、すでに不妊治療から通っていた産院に不満はなかったので、そのままそこで産むことにしたわけです。

 そこで、……シェフが云々て話、あながちホラじゃないかもな、と思いました。

 いやあ、だって、完全個室で、全室トイレ・洗面・テレビ・DVDプレーヤー・電話付、休憩スペースはコーヒー、紅茶がフリー、てところまでは、親戚が出産したときのお見舞いで知ってましたけども。

 食事がね!

 すごくよかった!

 帝王切開だったから、最初は重湯とすまし汁だったんだけども、その器の感じの良さとか、お盆のすみにちょこんとグリーンが飾られてるところとか。
 なんかこう、ピンときて、携帯電話がカメラ付じゃないことをものすごく悔やみましたね!

 翌日、カメラを持ってきてもらい、毎食写真をとりましたが。

Pb180032  これはもう、おかゆが終わって普通食になってからのお昼ごはんですが。
 量も、母乳を出すためなのか結構多い。

 まあわたしは、麻酔の後遺症で頭痛がひどいとき以外は完食しましたが。(「気持ちよく食べてくれたのねー」と配膳のスタッフに喜ばれるのがとても嬉しい奴なので)

 なんというか、入院してるけど、お腹は痛いし毎日点滴うったりしてるけど、出産は病気じゃあないんだ、というのをしみじみ感じたのは、やはりこの食事の良さでしたね。

 そして、例の「シェフが目の前で肉を……」て話も、こりゃあ誇張してたわけじゃあないかもな、と思えました。

 そのくらい、美味しかったんだもの、ここのお食事。
 こういうところがあるんだから、そういうところもあるだろうよ、という感じで納得したのでした。

 ほかにも、スタッフが全員、「妊婦が不安になるようなことを言わない」(具体的には「ダメ」とか「違う」とか、叱ったりほかの赤ちゃんと比較するようなことをけして言わない)ことが徹底されてるところには、非常に感服しましたよ。

 といっても、実はそのことに気がついたのは、清掃スタッフのひとが、ぽろっと、ほかの赤ちゃんと比較するようなことを言って、
「ああ、そういうことは言っちゃいけないっていわれてるんだった」
 と口を押さえたからなんですが。

 そのとき言われたことは、まあ確かに不安になるようなことではあったんだけど、まだマタニティブルーじゃなかったのか、全然気にならず、むしろその「ぽろっ」で、ああ、院長がそこまで気をまわしてスタッフを指導しているからこそ気持ちよく過ごせているんだな、と気がついて感動したのでした。

 これがなかったら、なんとなく良い感じだったな、くらいの認識しかできなかったかも。

 そりゃあまあ、細かいことを言ったら色々とあるけれど、トータルで、

 またここで産みたいな、

 と思える産院でした。

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