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2007年8月の4件の投稿

2007年8月29日 (水)

暴風

はっちーがどうしても泣き止まずにぐずりつづけているとき、

「あ、ここだ」

と思うことがあります。


足元に転がって泣き叫ぶこの小さなかたまりを、蹴り飛ばしてしまいたい衝動。

その衝動を感じたわたしを、少し浮いた位置から見ているわたし。

ここで本当に蹴り飛ばしてしまうか、留まるかが、分かれ道だなあと思いながら、はっちーを抱きあげる。

凶暴な衝動を、一度も感じたことのない人は幸いなるかな、どうぞそのままで。
ただ、そうでない人もいるってことを……いや、知らなくともいいのかな。

育児に限らず、こういう分岐点に立つたびに、

何故、わたしは踏み留まれたのか?

と考えます。
いつか無意識では踏み留まれない日がきたときに、意識的に、留まることができるように、その秘密を知っておきたい。

ごく簡単に、そりゃあ自制心てもんだ、という答えもあるけれど、その自制心はどこでどうやって培われたのだろう、
どうして都合良く発動してくれたのだろう、
今度もそれは発動してくれる?
あてにしていい?

自分の悩みを多少まろやかにするために、よくわたしは
「口にしないだけで、多くのひとは、こんな同じような感情に見舞われて立ちすくむことが、たまにはあることだろう」
と、「わたしだけではなかろう」と思うことにしているのだけど。


ニュースになるほどの事件の後ろには、きっと多くの、心のすみで弾けただけで表には出なかった苦しみがあるはずだと思ったり。


表に出てしまったのと、出ずに済んだのと、
なにか違いをハッキリさせられたら、
表に出さずに済んだりするケースだってあるんじゃなかろうか。

こんなにこんなに愛しいのに、蹴り飛ばしたいと感じた、
その一瞬の暴風にさらわれずにすむ確かな重石がほしいです。


自制心なんて、自分に本当に備わってるのか、あやふやすぎてな。
頼りにできんのだ。

2007年8月14日 (火)

ごまごまプリン

年下の友人と話していたら、「自立」という言葉が出てきました。

はっきりとは語られなかったけど、友人はどうやら悩んでいるらしく。

なにか言うべきかとあれこれ悩み、いくつかの経験や知識をつぎはぎして、さて口に出そうとしたものの、

結局差し控えることにしました。

友人はもしかして、わたしがなにか含蓄のあること、そこまでいかずともなにかヒントになるようなこと、を語ることを期待していたかもしれません。
失望させたかもしれません。


でも、「自立」とは、
わたしはこれまで真剣に悩んだことのないキーワードだった。


だからわたしは、たいしたことは語れない。

自分が咀嚼していない言葉でごまかすくらいなら、なにも言わないほうがいい、と思いました。

いつか子どもが大きくなったら、子どもに対してもそうであれるかな。


つぎはぎの言葉で、ボロをボロで隠したりせず、
それについてはよくわからないから、一緒に考えよう、
と言えるかな。


慌ただしい毎日のなか、どれだけごまかさずにできるかな。


でもしんどいときもあるから、
たまにごまかすんだろうな。


せめて、ごまかしたってこと自体は、ごまかさずにいたいな。


ごまごま言ってたら、ゴマプリンが食べたくなりましたよ。
明日の昼のデザートはゴマプリンだ。

2007年8月10日 (金)

音楽

 雅楽が好きです。

 赤ちゃんにはキレイな音楽を聞かせましょう、などと育児書にあったことをふと思い出し、お気に入りの雅楽のCDをかけてみました。

 さーあ、はっちー。キレイな音楽だよー?

 
 

 ……

 …………

 ……………………

 

 何故おびえる?

 明らかに腰がひけた姿勢のまま固まるはっちー。

 ち、お子様にはまだ雅楽の良さは理解できんか、と止めたものの、ものはためし、東儀秀樹のCDをかけてみました。

 

 

 …………なんでこっちは気に入ってるの?

 興味津々な顔で聞き入っちゃってるの?

 いや、いいんだけどさ。

 

 

 なんとなく、東儀秀樹に負けた感を覚えた日。

2007年8月 7日 (火)

親の恩など

 先日、北村弁護士が言ってた……親に育ててもらった恩は、子どもに返すんだ、ということに共感した、と書きましたが。

 わたしはもうだいぶ前から、そう思ってきたんですけども。

 育ててもらった親の恩を、親に返せなんて考え方は、なんか横暴だなあと思ってきたんですけども。

 あ、どだい無理な話なんだ、と気がつきました。

 

 ときどき、はっちーを見ながら、毎日報道される凄惨な事件を思い出し、この子を奪われたらどんな思いがするだろうかと考えて、恐ろしくて、泣けて泣けてしかたのないときがあります。

 このあいだも、そんなときがあって。

 はたと気がつきました。

 これだけの思い、これだけ、この子が愛しいという思い。

 これと同じだけの思いを親に持てといわれても……少なくとも、わたしは無理だ。
(それとも普通の親に普通に育てられたら、子を思うほどの思いを親に対しても持てるものですか?普通に?)

 頭でだけ、わかっていたつもり、だったようです。

 もしもわたしでさえ、わたしがはっちーに抱く思いと同じ強さの思いによって守られ、育てられたのだとしたら。

 あの頃の、感謝を強制されたことによる反発ではなくて。

 ただ実感として、

「あなたに恩返しなどとてもできない」

 と言える。

 我が子でもないわたしを育てたあなたと、産みはしたけど育てはしなかったあなたが、わたしがいま感じているのと同じ思いをもしももしも感じていたのならば。

「あなたに恩返しなど、とてもできない」

 と、

「だけど、ありがとう」

 と、言いたいです。

 お母さん。

 産んでくれたあなたが、わたしが想像するとおり、わたしをさえ憎んでいるのなら、けしてそうは呼ばないから、他人としてでいいから、こっそりと、会ってみたいです。

 あなたが、意味がわからずきょとんとしてもいいから、ありがとう、と言って、握手をしたいです。

 

 いつか、かなえられるといいな。

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