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2010年7月の9件の投稿

2010年7月20日 (火)

貧乏性は太るのかもしらん。

毎度、ただの思いつきですが。



残業帰り。

家で遅い夕食はとりにくいので、ファーストフードですますことが多いのですけど、ミスドで飲茶のドーナツセットをもにゅもにゅ食べながら、気づきました。



しまった、とらなくてもいいカロリーに金を払ってしまった。



えとですね。

わたしはミスドではハニーディップが好物なのですが、並んでいるのは、どうも作ってからだいぶ時間がたったような、表面のコーティングがなんかしおしおしてるものばかり。以前に、コーティング方法が変わったのかな、と構わず買って食べたらば、なんか風味が古い油っぽく、たまたま胃の調子がよろしくなかったのも災いして、お食事中には読まない方がよろしいような状態になったことがございまして。



ちょっと怖ぇ。

でもほかに食べたいようなのはないし、と迷っていたところへ、エンゼルクリームが新しく棚に並んだので、こいつを選んだのでした。



で、豆乳タンタン麺をずるずるしつつ、この、実はそんなに好きってわけでもないエンゼルを見るともなしに見ているうち、



豆乳タンタン麺とカフェオレ、で良かったんじゃね?



そりゃ単品と単品だと、セットとあんま変わらない金額になるけども、そうまでして、食べたいわけじゃないドーナツを買わなくたって良かったんじゃね?



そういえば昔、痩せるためにプール通うとか、ダイエット食品を買うとかについて、夫がむちゃくちゃ怒ってました。

金払って食ったぶんを減らすために更に金を払うなんて馬鹿げてる、と。



そらもうごもっともなんだけど、なんだけど、でもなあ、と思ったものですが。



少なくとも今日のこのドーナツのカロリーに関しては、まったくもってごもっともです。

こういうことの積み重ねで太って、それで数ヶ月後、プール通って痩せるんだ、などと言い出そうもんなら、今日のわたしが怒ってあげます。



まあ、食べ残して帰る、という選択肢だってあるんですけどね。

丸残しって、それはそれで、お店の人に申し訳ないようでできない。

つか、貧乏性ってことなんでしょうがね。





……なんて消化に悪いこと考えながらドーナツかじってたせいか、胸焼けがしてきました。



しまった、どうせ食べるなら美味しく食べればよかった。

そして上記のようなことは、「もう食べちゃったけど」と指についた粉砂糖でもなめながら考えればよかった。





2010年7月17日 (土)

寝た子をそーっとベッドにおろす。

毎度あやふやな話ですが。

あ、ちっとばかしいかがわしい話をするので、

「ほほえましい育児ブログのつもりで読んでたのにっ、不愉快だわ!」

となっちゃいそうな方はお戻りください。



さて、ね。

子どもを抱っこして寝かしつけてて、それでようやく寝た、てんでベッドや布団におろすと、

「……んんん、びえーんびえーん」

と起きちゃうってのはよく聞ききますよね。



起こさずにベッドにおろすコツで、こういうの、ご存じないですか?



子どもの寝息にあわせて、そーっとおろし、背中とベッドにはさまってる腕も、寝息にあわせて、ずずっ、ずずっと抜いていく、というもの。



経験上、これがずいぶんと成功率が高いんですけども。

出典がどうもこうもいかがわしいので、もっとまっとうな、育児書とか育児雑誌とか、市の広報の子育てサロン投稿広場とかっ、

「○○○○で読んだんだけどさー」

と軽やかに言える出典がほしいのです。



や、だからその、わたしが知ってる出典とはまるで関係の無い、育児のコツとしてどこかでだってちゃんと書かれてたりするんじゃないかなー、いやきっと絶対書かれてるよ、と確信はしてるんですが、育児関係では、こういう「寝息に合わせて」なんて読んだことも聞いたこともないので一抹の不安が残るのです。



そんなもったいつけるような、たいして面白い話でもないので白状しますが、



出典は、

某東北地方の、サービスエリアとか土産物屋で売ってるような、小冊子。

タイトルうろおぼえですが、艶笑昔話みたいな具合で、



『○○(県名)夜這い物語』







あの、つまりですね。

寝ている娘さんのところに夜這っていったら、両足の親指だか小指だかをつかみ持ち上げて、足を開かせる、と。

このとき、娘さんの寝息にあわせて開くのが肝要だ、と。

そうすりゃ娘さんは絶対に目を覚まさないぞ、と。

村の爺かなんかが若い衆に講釈たれる、そんなんだったと思うんですが。



ツキナミはそれをうすらぼんやり覚えていて、抱っこした子がようやく寝たとき、試してみたんですよね。



……うまくいったんですよねえ。



こりゃ使える!

と思ったものの、いわゆるママ友には、教えてません。

100パーセントとは言わないけどホントに成功率高くて、でも教えてません。



だって、言えませんよー。



「へー、それってなにかに書いてあったの?」



「うん、夜這いの秘儀を応用したのー」



言えませんよー。







2010年7月16日 (金)

冷蔵庫に常備してるもの。

トラバテーマに乗っかってみる。



冷蔵庫に常備といったら、冷えピタですよ。



子どもの急な発熱、おいら自身の急な発熱にコレ。

前髪に貼り付くのがいやなので、買い置きは常に子ども用サイズオンリーです。



独身の頃から冷蔵庫に冷えピタ常備は当たり前、だったのだけど、結婚当初は夫にイヤがられた。

冷蔵庫に入れてるってことじゃなく、冷えピタそのものが無駄使いだ、とかなんとかいって。





まあでもね。

子どもが生まれ、その子が突然熱を出したとき、夫は濡れタオルで冷やすことを主張しまして。

冷えピタでいいじゃないですかーというわたしに苛立ったようで、夫自らが濡れタオルで冷やそうと試みたわけですが。



まだ一歳にもならない赤ちゃんでしたから。

濡れタオルおでこに乗せられて、じっとしてたりなんかしない。

タオルが落っこちないよう、つきっきりで夜通し起きてる覚悟までしてたわけじゃない夫は、結局しぶしぶ冷えピタを使うことに同意したんだったなあ。

そのときは赤ちゃんのためにベビー用を買い置きしてたんですが、ちょーう節約家の夫は、冷えピタが有用なのは認めたものの、ベビー用は割高だから大人用を切って使えばいいのに、とプリプリ怒っていたものです。





そんな夫も、二人目の子どもが一歳になった現在では、冷蔵庫に冷えピタがなくなると補充してくれるまでになりました。





口で説明するよりか、

「あら便利!」

な体験をしてもらうほうが納得してもらいやすいよなあ、と思ったわけですが。

……なんかこう、これをうまいことあらわした四字熟語とかことわざってありませんでしたっけ。百聞は一見に如かずって近い気はするけど微妙に違う。

なんだっけ、なにかなかったかなあ……。





毎度、オチはうすらぼんやりした話でした。

本日はこのへんで。



2010年7月14日 (水)

それだから続かない。

前回までのあらすじ。

「プールに通って投資時間だ!」と鼻息あらく決意したツキナミ。

しかしその行く手には、そもそもプール通いで改善しようとした「風邪をひきやすい体」のためまたもひいてしまった風邪と、もっとそもそもなことに、スポーツクラブの定休日という壁が立ちはだかっていたのであった……





うん、誰も立ちはだかってなんかないですよね、わかります。おのれのとんまっぷりが骨身にしみます。



気を取り直して、今日の仕事帰りにパンフレット、いや申込書を、と意気込んだらば、上司主催の飲み会があることを思い出しましたとさ。

あ、なんかお腹痛いんで帰っていいですか? 子どもが熱だしたって連絡があったんで、帰っていいですか?

うーん、後者のほうが自然かなあ……ブツブツ



まあね、今日申込書もらったって水着からそろえなきゃなんだしね、今日じゃなくってちっとも構わないんです。

飲み会なんか、たいした障害じゃありません。



いや、気がついたんですよ、スポーツクラブに入会したとして、プール通いを続けるのにもっとも障害となるのは、おのれのテンションかもしれないってことに。



プール通いするぞ! と日記アップしたあと、新しいことを始めようというウッキウキ気分は冷めることなく、いろいろ考えちゃったんですよねえ。



そうだ! プールに行った日は、手帳になにかそれっぽいシールとかスタンプとか、印をつけよう!

そうすれば手帳を見返したときに通ってるペースが一目瞭然だし、見た目にも楽しいだろうし。ハンズかロフトで可愛いのあるかなあ~。

あ、プール行った日は体重もちゃんと計ろう。計って手帳に書いて、ちょっとでも痩せれば、それがまた励みになるだろうしな~。





……どうもわたしは、一夜明けないと頭が冷えないようです。



朝、子どもを保育園に送って、そこから駅まで自転車こぐうちに、思い出しました。



あのう、20代の頃、プールに通って風邪引きにくくなったとかなんとか前回書きましたがね。

その前に何度か、プール通い、続かなくて挫折してるんですよ。

覚えてる限りでは、2回挫折してる。



で、その2回とも、たしか手帳にシールを貼ったり、スタンプを買ったり、毎回体重を計ったり、泳いだ距離を手帳に書いたり、した。



で、イヤになった。



シールを切らして、なかなか買いに行けずにいるうち、いつプールに行ったかわからなくなったり、いやそもそもシール貼るの忘れたり。

スタンプなら切らすこともなかろうと思ったけど、家に帰ってから手帳にスタンプ押すなんてこと思い出しもしないし、

体重計るの忘れたり、

泳いだ距離を忘れたり、

こうしよう! と決めたことを片っ端から忘れて、そのうちプール通いそのものが、なんか妙なプレッシャーをおびてきて、イヤになった。



そういや、ほぼ日手帳を続けるコツとしてわたし、書いてましたね。ルールを決めないって。

こういう経験を何度も何度も積み重ねたすえの、続けるコツ、だというのに。

忘れっぽいからルールは作らない、というのに、忘れっぽいからその「ルールを作らない」ルール自体を忘れるのですな。



なんとかならんかホントもう。



ちなみにその、ちゃんとプール通いが続いたときは、

「泳ぐのが面倒くさけりゃ、サウナや広い風呂に入れる会員証だと思えばいいや」

と、ホントに風呂だけ入りにいったりもしました。



わたしの場合、決意も、ゆるーい方がいいのかもしれません。



2010年7月13日 (火)

体力づくり。

毎度うすらぼんやりとした話ですが。



じわじわっと、勝間節がしみてきたといいますか。

スポーツクラブに入会しようか、なんぞと思いました。



毎日の通勤電車で、もっとなんとかならんか、と手帳をひらいてセルフ向上委員会をしているツキナミですが、ここんとこ気になっていた、子どもの発言、

「疲れた~」

子どもなのに、やたらと疲れたを連発する。

朝ご飯をちゃんと食べないからとか、夜ちゃんと早く寝ないからとか、原因らしきものはいろいろありますけども。

そういや、わたし自身がよくそう言って、週末は昼過ぎまで寝ていやしないか。



独身の頃からそうだったんですが、平日の仕事で疲れきってしまうのかなんなのか、週末はとにかく起きられない。昼過ぎまで寝ていて、夕方になってようやく活動しはじめる、なんてことが当たり前な生活。

いまも、状況が許す限り、というかふらついて起きていられないので、ちょっとでも時間があれば横になってぐったりしています。

で、パパにも飽きた子どもが「ママ、起きて!」とまとわりついてくると、わたしは、

「ママは疲れてるの……」

とか言ってる。

子どもはそれを学習しただけなんじゃないか。



だとすれば、わたしがそういう「疲れた……」とへたばる姿をあまり頻繁に見せなければ、子どももあまり疲れた連発はしなくなるんじゃないか。

わたしが元気ぱんぱんになればいいんじゃないか。

即効性はない方法だけれども、根本的な解決にはなるんじゃなかろうか。

おお! まさに子は親の鏡!



なんて、すっごい発見をしたような気分になった勢いで、さて、では今度は、この疲れやすい体をどうするかです。

これがようやっと、冒頭の「スポーツクラブ入会しちゃおっか」につながる。



とにかく体力がないのだな、と考えました。じゃあ体力つけるには?

走るの、キライ。エアロバイク、昔すっごくほしかったけども、買って、続かなかったときのことが怖い。

で、何故か昔から、泳ぐのは好きなんですよね。背泳ぎとクロールしかできないんだけど。

20代の頃、スポーツクラブに通って月に2~3回だけど、ゆーっくりと800メートルから1キロを泳ぐ。通っているあいだは、しょっちゅう風邪を引いては寝込んでいたのが風邪を引きにくくなり、5回に4回は比重が足りずに不可だった献血が、誉められるような血液に。



……なんてことは、実はプールに通うのをやめてから気づいた。

転勤がきっかけでプール通いをやめたとたんに風邪をひきやすくなり、献血の比重検査でひっかかるようになり、あれれー、最近は風邪ひかなかったり、献血もできたりしてたのになあ、と悩んだとき、ようやくプール通いしてた頃は調子が良かったんだ、と気づいたのでした。我ながらうすぼんやりした奴です。



転勤のため引っ越した先には、気軽に通える距離にスポーツクラブはなく、泳ぐのが良いらしいと失ってから気づいてはいても、なんもせずにそのまんま、10年くらいがたちましたとさ。





で、現在。



通勤の最寄り駅前に、最近できたスポーツクラブ。ナイトタイム会員というお得なやつは20時からの利用。わたしが定時で仕事を終えて、この最寄り駅につくのは早くても20時半。



できすぎじゃね?

上げ膳に据え膳しました、さあ食らえ、てくらいできすぎじゃね?



わー、わー、なんで気づかなかったんだろ!

や、その、スポーツクラブができたときはね、まだ勝間和代氏の本読んでませんでしたから、「ただでさえ時間がなくてなんとかならんかと悩んでるのに」と、プール通いなんて思いもしなかったんですが。

いまは10倍時間投資法を読んだあとですからね、別の考え方ができます。



あのね、つい最近も、風邪で何日か寝込んだんです。仕事も、家事もなんもかんも、咳に悩まされてたっぷり二週間は何も手につかなかった。



一度風邪ひくと人より治りが遅くて10日は具合が悪いわたし。このまま何もせずにいたら、年に何度も何度もこうやって「寝込んでなにもできない」時間が増えていくんじゃないか。



これがプール通いで解消されたり、ね、週末、ちゃんと起きて活動できるようになったりしたなら、ねえ。

週に一回、2~3時間プールにいったって、もとはとれるんじゃないかしらん?

これが投資の時間てやつ?

なんてテンション上がっちゃうわけですが。



ちょっと気を落ち着けまして。勝間氏は、なにかはじめるときはなにかやめないと続かないと言うようなこともおっさってまして。



実は、産後うつになって以来、週に何度か仕事帰りにファミレスとかファーストフードで晩ご飯すませつつ、一人の時間をキープすることでストレス解消をはかっています。

これを週に一回、プールに回せばいいんじゃないかな。



わたしはなにをしてるんだろう、なにをすればいいんだろう、と、もよんもよん悩んでいる時間の何分の一かを、ざばざばぷはっ、に回すのは、そう難しくもないように思ってしまう……のは、調子にのりやすい性格だからなんでしょうがね。



時間確保はなんとかなりそうにしても。

あともうひとつ。

スポーツクラブ。そりゃ、タダじゃない。

骨には節約、肉には倹約の文字がみっちり刻まれている夫がなんというか。



子どもを寝かしつけたあと、夫にそれとなーく、話してみました。

「朝起きられないのも、週末寝てばっかりいるのも、体力がないからじゃないかと思うんですよねえ。なんでこんな体力ないのかなあ」

「年だからじゃない?」

あう、いや、うん、まあ、ですよね。

「それもそりゃあるだろうけども、なんとかできないものかと……」

「もっと体力使わないように行動すればいいんじゃない?」

「そ、それでは体力が衰える一方じゃないですかっ」

「そういうもんでしょ、年なんだから」



ちなみにわたしと夫は同い年です。



ダメです。こりゃもうわたしがスポーツクラブに入会したーいってオーラをうっかり発してしまい、それを読んだ夫が牽制してるに違いありません。



……ふーんだ。

残念ながら、うちは夫婦で別財布、内緒でスポーツクラブ入会できるくらいの給料はもらっているのです。

いいよもう、内緒で通うよ。

それに、最初から「スポーツクラブ通っていい? これこれこういうメリットがあると思うの」と話したところで、それを聞き入れてくれるはずがない。

メリット、は今現在はまだ、目の前にないのだから。

内緒で通って、体力ついて、「最近、週末にもちゃんと朝早く起きられるようになったね」「あー、実はね……」なら、納得してもらえるじゃないか!



などとかえって鼻息荒くなり、今日の帰りにはパンフレットもらって帰ろうと決意しつつ、上記の会話から一夜あけて思い出したことは、



そういや夫、去年くらいまでは毎日腕立て伏せや腹筋をして、体を鍛えて喜んでたんですよね。それが、気がつくと全然やらなくなってる。

わたしが急に体力づくりがどうこう言い出したんで、夫は自分が挫折したことをむしかえされたような、いやーな気分になったのかもしれません。



ま、どっちにしても、正直に話して説得する労力かけるよりか、内緒で通う方がはるかに楽なんで、そうするけどな。

せっかくだから、プールについやす投資時間と、それで解消される(と期待する)風邪とかぐったり寝とかの空費時間の損益分岐点なんかも計算してみようかなっと。









追記

と、景気良く朝の通勤電車で上記の日記を書いたのですが。

勤務時間中からなーんか調子がおかしく、最近寝込んだ風邪と同じ症状、ぶりかえしたかのような鼻汁&咳です。

出鼻をくじかれるとはこのことでしょうか、鼻水だけに。ああちっともうまくないよどちくしょう。









追々記

ゲホゲホ咳き込みながらも、なにくそパンフレットだけでももらって帰るぞ、と駅に降り立ち、キッとスポーツクラブのある前方を睨みあげますと。



暗い。



……今日は定休日だった。



なにこの試練。

もともと障害があるほど燃えるってタイプじゃないんだから、神様もっと優しくしてくれ……(遠い目



2010年7月 7日 (水)

投資の時間

さて、本日もまたやくたいもない話ですが。



勝間和代氏の時間管理マトリックスで、家族との時間が投資であるとの分類の仕方に目からうろこであった、ということを以前に書きました。



それはもう、ありがたいことで、だから保育園へ娘を送るのも、自転車でおしゃべりしながらだから「子どもとの絆を深める」投資の時間だい、と。

今朝はお友達へのメールの返信や趣味の活動に関わる作業を早起きして済ませましたが、どちらも仕事以外の人間関係を充実させる、投資の時間なんだい、と。

そう思うと、そりゃ気分はいいもんです。

なんであれ、まんぜんとこなすよりは、投資! と意識してやったほうが、なんか良い気がする。

ほら、筋トレだって、鍛える筋肉を意識してやると良いとかいいませんか。時間の使い方だって、同じではないかと思う。



んで、ね。

んだけどもさ。



「投資にカウントしていい時間」は増えたけども、わたしは実際にほかにやりたいことがあって、そのために時間を捻出すること、には、まだあんまし役立ってないんでないか。

いや、わたしのやりたいことってのが投資なのかどうかってことすら本当はどうだっていい。

要は、ひらったく、おおざっぱに言えば、わたしの時間、趣味の時間がほしいよう! なんですもの。

だもんだから、移動時間を自転車でオーディオブック聞きながら、というのは投資かもしらんがわたしのほしい時間ではない。



じゃーおまえ、そもそも勝間和代氏の本を読んでどうこうってことじゃなかったんじゃないかとか、いやおまえそりゃ、読み方を間違ってるよとか、言われるむきもありましょうが。

や、いや、まだね、読んだうちの実行できることを実行してないだけであってね、おのれの時間の使い方について意識的になることができた、これはやっぱり大きいと思うのですよ?



そんでもまあ、時間管理マトリックスや、家族との時間も投資であるってことに目からうろこボーロボロではあったものの、おいらが時間管理難民であることにはまだ変わりないのよね、ということに、気がついてはいるんだからね! と誰にともなく主張してみる水曜日。



2010年7月 6日 (火)

テレビ、見ないんです(時間マトリックス)

毎度たいしたこともない話ですが。

マトリックスって、アトリックスと似てるよね、ほら、何だっけ、ハンドクリームでしたっけ?

いやその話じゃないんだけども。



前の日記で書きました、勝間和代氏の本を読んで、時間マトリックスをやってみました。

驚いたことには、空費にあたる時間がほとんどなかったこと。

仕事にあたる消費時間が50%であることにも驚いたけど、これはこれで、理想的な数字であるそうで、それもまた驚きではある。

こんな生活ではあっても、仕事時間そのものは理想的な配分なのかと。



さて、ね。

空費にあたる時間がほとんどない理由はわかります。

テレビ、見る習慣がないんです。

朝は、夫もいるからテレビはつけているけど、帰宅してまずテレビをつける、という習慣がない。

家にいるのがわたしと子どもだけなら、まったくテレビをつけない。



それというのも、独身の頃、一人暮らしをはじめたとき、テレビをもたなかったんです。

もともとテレビを見ないほうではあったけど、一人暮らしをきっかけに、いらないや、と思って。

テレビ持ってないというと鼻で笑ったN○Kの集金に、「なんなら家捜しでもなんでもしてくださいよ」と啖呵切ったのも懐かしい思い出。



ところでわたしは当時、今もそういう傾向ありますが、「他人とは違う、カコイイ!」と若気の至りでかなり強烈に思っていました。

だから、誰もが持ってるテレビを持ってないおいらってカコイイ! と最高に良い気分で、あちこちで言いふらしてたんですよね。

どう? どう? すごいでしょー、てなもんで。



時間マトリックスをやって、自分がいまも(いまはテレビありますよそりゃあ)テレビをほとんど見ないことを考え、あの頃は……と思い出にひたり、はたと、ようやく気がついたことがあります。



「テレビ持ってないんです」と言うと、たいがいのひとは、驚くよりも、なんだかニヤニヤしていた。

それを、信じてないんだな、と思って一生懸命ラジオ生活の良さを力説したりもしたものだけど。



当時、わたしは二十歳。当人は「スゴイでしょ!」と大威張りしてるつもりだったんだけど、周囲にしてみりゃ一人暮らしをはじめた小娘が「貧乏でテレビ持ってないの~、誰かゆずって!」とおねだりしてるとしか見えなかったんですね。

いや、貧乏は貧乏だったけどもさ。



若さって恥ずかしい。



2010年7月 5日 (月)

続けるほぼ日手帳

さて、毎度やくたいもない話ですが。



mixiのコミュで、ほぼ日手帳を続けるコツ、なる質問をよく見かけ、見かけるたびに、「はて? 手帳って続けるもんだっけ?」と不思議な気分になっておりました。

持ち歩いてりゃーそれでいいんじゃないの? と感じたわけですが、これはよくよく考えると、自分自身が過去、手帳難民だったことをすーっかり忘れた傲慢な考えだった。

手帳って、持ち歩いてても何も書かない開きもしない、状態が続くと、イヤんなっちゃうんですよね。

ほぼ日手帳にしてから、そういうことがなかったものだから、すっかり忘れてた。



で、とはいいましても。mixiコミュで「続けるコツは?」という質問が出る以上、ほぼ日手帳は誰でも必ず続けられる手帳だ、というわけではない。

でも、そうとうにずぼらで飽きっぽいわたしが何年も続いてる。

どうしてだろうと改めて考えると、それなりに、工夫していることなどはあるわけです。

そんなあれこれを書きならべることで、世の中の飽きっぽい同志の何らかの手助けや、お慰みにでもなればと、なんてなことは前に書いた。

今日は、思いつくまま、ほぼ日手帳を使ううえで決めていること、気にしていることなどをずらずら書いてみます。





・何も書かなかった「一日一ページ」は、「忙しい日だったんだなあ」という記録だと思うことにする。

・使い始める前に、細かいルールを決めない。このマークはどういう意味で、なんとかの予定は何色で書く、とか、決めない。忘れるから。

・シールは取り出すのが面倒くさい。通勤電車の中ではやりにくい。

・同じ理由で、スタンプも面倒くさい。

・かろうじてテンプレートは使える。

・ボールペンは多色。色使いは気分で。

・映画の半券、外食先のショップカード、飲み会場所の地図から給与明細まで、貼れるものは貼る。手帳使い倒してる気分になれる。←手帳紛失には注意。

・でもケータイ写真をシールにプリントアウトして、とか家で一手間かけるものは面倒で飽きるからやらない。

・とにかく書き方、使い方に関してルールを決めないか、決めても、守れなかったとき気にしない。

・一日一ページで足りないときは、前の空白ページに戻る。続きを何ページに書いたか、この記入は何日の続きなのか、日付は目立つように書く。

・きっちり書くことをあきらめる。

・でもあまり乱雑だとあとで見返したくなくなるので、書き殴りは黄色で書く。あとで読み返して大事だったらほかの色で囲ったり書き直したりできるし、用がないときは黄色だとあまり気にならない。







特に「書き殴りは黄色で」をはじめてから、なにも書かない日が格段に減りました。

一時期、あの、情報は全部一冊のノートにまとめなさいという本にかぶれて、A6ノートを持ち歩いてたんですがね。

これはこれでとてもよかったけど、ただでさえ荷物が多いところへ、手帳があるのにノートをもう一冊って(という時点で、一冊のノートにまとめてないがな、というツッコミがあるわけですが)、なんとかならんかなあと考えた末に、「ほぼ日手帳に黄色で書く」にたどりついたのでした。うん、やっぱ、ほぼ日手帳をやめる、という選択肢にはいたらなかった。



そんでこの黄色で書くということ。

普段読み返すときにはほとんど目にはいらないけど、「あれ、たしか何日頃に書いたよなあ」なんて探そうとして読み返すには問題ない。

なにより、必ず「この、ほぼ日手帳に書いてある」という、一冊のノートにまとめる、が実現したわけで。

まあテキストファイルでインデックス作成まではいたってませんが、そこまでやる気は最初からなかったんでいいんだ。

いや、正確には、最初から諦めてたんで、いいんです。



それから、ルールを作らないのもわたしにはかなり重要でして。

手帳難民だったとき、いやほぼ日手帳にしてからも何度かおちいった罠。

記号とか、赤色は仕事で青色はプライベートで……とかいうルール。

忘れるんです、わたしは、すぐ。

で、「あれ? こういうときは何のマークを書くんだっけ?」なんてことになると、もう書き込む気力が大幅ダウンする。

「あ、映画に行く予定は緑だったのに青で書いちゃった!」なんてやると、そりゃもうテンションが下がりまくる。

手帳のはじめの見返しのところにルール一覧、マーク対照表なんてのを書いたこともあったけど、そこはもう、筋がね入り、鉄筋コンクリート入り面倒くさがりのわたしですから、書こうと思ったそのときに、見返しをめくって確認するという一動作が面倒でたまらない。

結果、記憶に頼って書き込んでから、やっぱり不安になって見返しめくって、んぎゃ、となって、イヤになる。

そういうことを何度か繰り返して、もうやめました。

やめたらやめたで、なんとなーく、ゆるいルールはできてきて、それは自然に発生したルールだからほとんど間違わないし、間違ったところで「そう決めてたわけじゃないんだし」気にならないんですねえ。

たとえば今は、仕事の予定は赤で書いてるけど、仕事とは関係ないけど大事なことを赤で書いたりしても、それでどうだということもない。

まあでも、気になるひとは気になって、こんなのはなんの参考にもならない戯言なんでしょうが。

こんなゆるーい感じで、何年も続いていますよ、という話でした。



ああそうだ、あともうひとつ、ほぼ日手帳が続いてるわけ。

やはり、

・糸井重里氏をほんのりリスペクトしてる。

というのは、はずせないかもしれません。

それだから、一日一ページの下に書いてあることが面白かったり興味深かったりするって節も、なきにしもあらずですしね。





ともかくも、続けよう! と気張らず、楽しく、が自分にはいい感じです。

ルールがあるとしたら、

・気張らない。

ということで、ここはひとつ。







2010年7月 1日 (木)

感想未満「無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法(勝間和代)

まいどまとまりのない感想未満ですが。

いずれまとめて書けたらいいんだけども、とりあえず2点だけ。



タイトルの「年収10倍アップ」にとらわれて、「この方法を試したからって、年収10倍アップになるひとなんてそうそういない」とか、「幸福は年収では計れない。人生にはもっと大切なことがある」とかいうのはまーったくの的外れですよね。

年収10倍アップは、ひとによっては幸福感10倍アップ、と言い換えてもよいのでしょう。

年収云々は、てっとりばやい物差しとして年収をピックアップしてるだけだし。

まあこの本の中にも書いてますが、どの本でもちょっとくらいは「なるほどなあ」なんて思える箇所があるものです。

自分には出来ないこと、勝間氏にしか出来そうにないことばかりを数えて、本全体を否定するのは馬鹿らしい。

なんてなことを書くのは、そもそも読む前に「勝間さんはそういうことが出来て、そのやり方で年収10倍になったんだねー、という感じの本」訳すと、あんまり参考にならない、てな具合に聞いてたもんですから。

けども、わたしにとっては、目からうろこなことがいくつかあったし、これまで逃げ続けてきた現状認識に取り組めたので、「自分にできそうにないところは、そっかすごいなあ、とニコニコしながら読み流せばいいよ」と、ゆるーい感じで勧めてみたい。

読んでみたらば「ほお」と思う部分はあるでしょうから。



はい、ここまでが1点目。



2点目はですね。

たいがいの時間管理法の本には載ってるであろう時間マトリックス。

緊急度と重要度で四分割するやつ。

ある本には緊急度も重要度も高いものはⅠ分類で……という具合。

ある本では、同じ分類を「食いぶち」と呼んでいた。

前者は「えーと、緊急度は低いけど重要度は高いのは分類のⅡだっけⅢだっけ? といちいち参照しなくちゃいけないので(おいらが忘れっぽいので)、イヤになって実際にやってみる気になれなかった。

後者は「食いぶち」とかいう表現がどうも自分にしっくりこなくて、やっぱり「あれ? 緊急度も重要度も低いのはなんていうんだっけ?」とイヤになった。

で、この本では「消費」「投資」「浪費」「空費」となっていて、これがしっくりきたかというと、投資はともかく消費がピンとこず、浪費と空費の区別がなかなか覚えられない。

……けども、じゃあ自分でピンとくる名前をつけりゃーいいんだな、と、気楽に構えることができるようになりました。

ま、それはこの本のおかげというか、「この本にもやっぱり載ってるのか! そして分類の名前がまた違うのか!」と、これはこれで目からウロコだったかかもしれませんがな。



いや本当に目からウロコだったのは、緊急度は低いけど重要度は高い、重要なこの分類、「投資」の時間に、子どもとの時間、家族の団らんをカウントしてたことなんですねえ。



いやもう、これはなんというか、ありがたかった。

そっか、そうだよね、と。

大事だよね。そうだよね、と。

時間マトリックス、知ってはいても自分の生活についてあてはめることがなかなかできずにいたのは、「これはどこにあてはめればいいの?」が多かったからなんですよね。

あえてちっと不満を言うなら、「家事」は「浪費」なのかノーカウントなのかわからんかった、ということですが。でも、それも結局、自分の主観、価値観で判断することなのかな、と。

その家事によって何かが効率的になるとか、やり方を工夫してそれをブログにアップするのだ=3とか、自分で「これは投資の時間!」と思うなら投資カウントでいいのかなと。

その時間の分類に対する定義がゆるがなければ、ある行動をどこへ分類するかはそのひとオリジナルでいいのかなと。

たとえばこうしてブログを書くことも、だらっと日々のことを書き流すだけなら「空費」であるかもしれないけど、読書で得た知識をアウトプットするのだ=3とか、文章のトレーニングなのだ=3とか、であれば「投資」ってことでいいんだよな。

とまあ、やーらかく考えることが出来るようになりました。



「子どもと話しながら一緒に朝食」が「投資」になってた、それでもう、一気にふにゃんと肩の力が抜けました。



が、しかし。

それから実際に自分の時間をマトリックスにあてはめて現状認識にいたるには、目からウロコ以降まだぐずぐずと一週間はかかったのでしたが、その話はまた今度。



あ、2点目は「時間マトリックスで現状認識」に着手する気になれた、です。



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