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2010年9月の6件の投稿

2010年9月21日 (火)

おとなの発達障害とやら(まだ読んでない)

毎度あやふやな話ですが。

多分、新書。



タイトルを最初に目にしたとき、なんとなく気になる、程度だった。

何日か経過して、うわあ、と思った。



子どもの発達障害に関する本はよく目にするけれど、正直、見ないふりというか、気にならないわけじゃないけど、なにか子どもに心配な様子があったら読もう、と先のばしにしておりました。

けども、発達障害って、なにも今発生したわけではないんですもんね、昔っからあったけど、よくわかってなかったという。

だから、当然のこととして、発達障害のおとながいるんですね。全然、気がつきもしなかった。

つまり、自分の子どもがいまのところ心配ないようだ、と思ってはいても、





うちの場合、夫なのじゃん?



モラハラ夫、という認識で昨年から接してきましたけども、なんつーかその。



自分はモラ夫である、と自覚してからの夫が、「離婚を避けるため表面上はモラハラをしなくなる」まさにそういう状態でして。

家事育児、とてもよく手伝ってくださる。

それはいいんだけど、よそンちの夫さんが家計のやりくりで奥さんに嫌みをいう、なんてな話を聞いては「典型的なモラ夫だよ」とかいって、自分はレアケースではないアピールというか自分はもうモラ夫じゃないアピールというか……をするのが非常にその……



それ、その程度でなにが「典型的」かと。



ようするに夫はモラハラがなんなのかまるでわかってないのじゃないかと。



不安をあおられ続けて約一年、先日、夫のひどい言動に耐えかね、つい、言ってしまったのですよ。

表面のふるまいを変えているだけで根本は何も変わってないのじゃないか、だからモラハラに関する本は、治るかもとか期待せずにとっとと逃げ出せとアドバイスしているのではないか、と。



いやもうそりゃあ夫は怒りましたね。

でもわたしの言ってる意味がまるで通じていないようなので、聞いてみると、



「俺はもっとうちひしがれなきゃいけないってことでしょ」



……なーんーでー?



いや、意味がわかりません。

どうしてわたしが、夫がうちひしがれることを望むのか。そんなわけないだろと。



んでも、夫の思考回路はそうなんですよね。学習したつもりだったんですが、うっかりしてました。

他人というものは、ひとを、うちのめしてやろうとか、みじめな気持ちにさせてやろうとか、そう思って接しているものだ、と、夫は感じています。そして自分も、相手をうちのめしてやろうとか、みじめな気持ちにさせてやろうとか思って言葉を選ぶし、表情にあらわします。

そりゃまあそう思って生きてるひともいるだろうけども、みんながみんなじゃない、ということを知って夫はたいそうショックを受け、いまはもう、そういう考えを持ってないというのですけども。

相変わらず、なにかにつけ、わたしの言動を、そういう悪意あるものだと解釈して、悪意をもって攻撃されたのだから攻撃しかえす、といった言動を返してくれます。

こちらとしては、なんでそういう態度をとられるのかわからずただ立ちすくむ、のくりかえしくりかえし。



や、しまった。グチになってしまいました。

その話じゃなくてですね。



以前、夫が親友から、「他人の気持ちがまったく想像できないところは、障害があるとしか思えないレベルだ」と言われたことがあるそうで。

よほどそのお友達を信頼していると見え、わたしが言ったら激怒しそうなことをなんだか嬉しそうにニコニコ話していましたっけ。



そんでやっと、おとなの発達障害、に話がつながります。だらだら思いつくまま書いちゃってもう。



わあ、そうか、と。

発達障害、という可能性があったかと。

ちょこっとネットで調べただけでも、間違いないんじゃないかと思ってしまいそうなあんばいなんですけども、まあここは落ち着いて、いま発達障害の子どもがいるということはそのまま大人になった発達障害のおとながいるってことだ、と気づかせてくれた本をふくめ、何冊か読んでみるつもりです。

うん、とりあえずお勉強からはいる。



そしてまた、ちと話がそれるようですが、お部屋を全然片づけられないわたし、これもまた発達障害となにやら縁がありそうだと、ネットで調べた限りではね、ありうる話だ、と。

自分がそうである、という可能性もまた視野に入れつつ、お勉強します。



てなわけで、今日は本屋に来てみましたが、お腹が空いてため息しかでません……とりあえず何か食べます。

またいずれ、ご報告を。





2010年9月18日 (土)

スポーツクラブ夫バレ

毎度ばかばかしい話ですが。

夫に内緒ではいったスポーツクラブ、ばれました。



まあそんな長く隠し通すことはできないわ、とレベッカを歌ってしまうようでは年が知れるというものですけども、いいんですよ、入会前にバレたら怒られるにきまってるから隠してたんですもの。



で、とっくに入会しちゃってる以上、夫の反応は、



「元をとって、ばんばん行ってきて」



……いや、あの、平日のみ、しかも夜間90分という一番月会費の安い会員だから、ばんばんといってもね、まあ泳ぐ気力のない日は風呂だけはいってきたりしてますけどもね。



「それはすばらしい」

だそうです。

そもそもバレたのは、わたしが家で風呂にはいらなくなったからなんですけども。

「え、はいったよ?」

と言いつつ、風呂場がカラッと乾いてる、と。



ともかくも、夫としては、自分だけ趣味の釣りで毎週末家をあけることにそれなりに罪悪感があったそうで、その埋め合わせに、わたしもそうやって自分の好きにしてくれると安心するそうです。

そういってくれるなら、ばんばん行きます。



幸い、夫は仕事があまり忙しくない時期で、ほぼ定時に帰ってるようでして、子どもの晩ご飯は同居の夫の親が食べさせてくれ、夫は晩ご飯をすませて帰って、帰宅してすぐ子どもを風呂にいれて寝かしつけ、という、わたしが普通に帰宅するパターンよりもずっと早く寝かしつけられているのですよ。



思えば、わたしがいると、夫はわたしにまかせきり、子どもはわたしにまとわりつき、家事やらなんやらがはかどらずどんどん時間が遅くなる……というあんばいだったんですけども、わたしがいない方がいいなんて。







やっぱりな!

本当はずっとそう思ってたよ!





……うん、もしかしたらここは、ママとしての存在意義とかでさみしくなるべきとこなのかもしれませんが、毎日お勤めするお座敷は「ママ」だけじゃありませんから屁でもありません。



まあそういうわけで、スポーツクラブで体力づくり、風邪をひきにくい体に! はそこそこ頑張っております。

心なし、階段をかけのぼるのも体が軽い。年齢的に、階段をかけあがるのはみっともないんじゃないかと思うんだけども、ついやってしまう。エレベーター待つのキライなんだもん。





さて。



あとは……



早起きかあ(遠い目





下の子が毎晩2~3時と5時にうわーんと泣くので、もう5時に起きちまえばいんじゃね? と思いつつ実行できず、5時になだめて寝かせたあと自分も寝て、寝過ごす、というのをくりかえす毎日です。



ほんとなんとかしなきゃ。

その話はまた今度。





2010年9月17日 (金)

娘3歳

毎度どってことない話ですが。



子どもというのは「なんで?」を年中大安売りしてくれますよねえ。

ちょ、おま、話聞いてた? そこでなんで「なんで?」なんだよ!

と子ども相手に胸ぐらつかんでゆさぶりたくなることもしばしば。

こっちが何言っても「なんで?」て言えばいいと思ってやしないか? と疑わしい気分になるんですけども。





先日。

わたしは通勤バッグにリュックを使っているんですが、保育所への自転車で、後ろに座ってる娘がふと、

「この子、どうして手をこうしてるの?」

リュックにぶらさげたロボットのキーホルダーのことを言っているらしく。

ロボットの手はクリップになってます。

その両手をぶらぶらさせとくとあちこちに引っかかりやすいので、両手を組み合わせてかしこまったポーズにさせてあるんですね。

で、なんでそういうポーズなのかと。



「うーん、お行儀よくしてるんじゃない?」



「なんで、お行儀よくしてるの?」



わあ、朝っぱらから来やがったな、と思いつつ、



「お行儀よくしてると可愛くみえるからじゃない?」



「そっかー」





え、納得!?

なんで可愛くみえるの? と来るだろうと身構えてたのに、そこで納得?





娘3歳、可愛くみえること、は彼女の中ですでにゆるぎなく正しい、正義なのだなあと思いました。







追記

スイーツ(笑) 恐ろしい子……!

で締めようと思ったけど、ガラ仮面知らない人が読んだらおかしな具合に読み違えそうだとやめましたとさ。

ここはオタ話メインではないつもりで書いてるから、無意識に出る専門用語に気をつけましょう……





2010年9月16日 (木)

スタバのブラベラテ

毎度どうでもいい話ですが。



前からやってみたかったスタバのカスタマイズ、ブラベ。

ミルク濃厚と聞いてずっと気になってたんです。



ラテでやったらすっごい濃厚、エスプレッソショット追加すりゃよかったー、てなことはツイッターで呟いとりますが。



それよか印象深かったのは、特によく考えもせず「ブラベ」を「ブラピ」と同じイントネーション……あの、なみえちゃんのほうの「アムロ」と同じイントネーションで言ったんですけども、



「ブラベですね」



ガンダムのほうの「アムロ」と同じイントネーションに言い直されましたとさ。



……泣かない、こんなことで。


多分おとなになった。

毎度たあいもない話ですが。



基本お調子者でビジネス書が好きなわたしは、これまでに結構な数のビジネス書、もどきも含めて、を読んできて、たいがい鵜呑みにして簡単に感動して、真似してみようとして挫折、をめげもせず繰り返してきました。



先日ぱらっと立ち読みしたビジネス書で、ツイッターの利用価値だかについて、



「ライフログになる」



と書いていました。





……ライフログ。

意味は、なんとなく、わかる。

けど、それがなんになるのか。



なーんじゃそりゃ、とつぶやいて本を閉じたんですけども。



数年前のわたしだったら、



「そうか! ライフログか! そうだよね、そういうのって良いよね!」



とウッキウキでツイッターに登録したに違いないのです。

なーんじゃそりゃ、なんて冷めた反応だなあ。



良くも悪くも、つまらない大人になった気がしましたとさ。



ま、すでにツイッター登録済みだからこその冷めた反応だったのかもしらんけど。





2010年9月 1日 (水)

はじめて、たたいた。

毎度、いやこれが毎度の話だと困るのだけども、まあ育児関係では月並みでありながら何とも悩ましい話ではないでしょうか。



3歳の娘を、とうとうたたいてしまいましたよ。

それも、思いっきり。

お尻だけど、パンパンパン! もひとつパン! と。



ダメですね。うちのモラハラ夫なんぞは、

「たたくとスッとするでしょ。たたいたあとって素直に言うこときくし」

なんて言ってニコニコして聞いてくれて、



……なんでわたしはこのひとの顔面に踵落としとか膝蹴りとかしないんだろう? と不思議に思いました。



いや、そういう話じゃなくってさ。



子どもは絶対たたかない、という自分ルール、破ったら、際限なくたたいてしまいそうで怖いから、たたかずにいたのに、いろいろ些細な要因が重なった朝、とうとうたたいてしまったのでしたが。



やはりダメですな。

たたくとスッするとか、たたいたあとは優しくなれるとか、モラ夫は優しい顔してチンピラみたいなことをニコニコ言いますが、ともかくもわたしはダメでした。



スッとするどころか、もっともっとたたかないと気が済まない、たたけばたたくほど、もっとたたかないといけない気がした。

たたいたあとに優しくするのは、たたいたことを誤魔化している、たたいたことを反省していることになると感じて、けして優しくなんてしなかった。

「たたいたことは、間違ってないんだから」

そう思ったんですね。

自己嫌悪はあったけど、それで子どもに優しくしたり、ごめんね、なんて言ったら、たたいたことが間違ってたということになる。



……でもねえ。

娘を保育所に送って、ひとりでつらつら思い返していたら、やっぱりわたしは頭の回転が遅いなあ、娘が叱られるようなことをしたということと、それを叱るということと、たたくということは、それぞれ全然違うものなんですよね、忘れてた。



いや、もっと忘れてたのは、そもそもたたかないと決めていた理由。

子どもがなにか悪いことをしたとき、それを理由にたたいたら、子どもが誰か悪いことをした友達をたたいたとき、なんと言うの?

大人だから子どもをたたいていいけど、子どもが子どもをたたくのはダメだとでも?

大きいものが小さいものをたたいていいなら、子どもが赤ちゃんをたたいたら、なんと言うの?



ああ、そうだった、そうだった。

だから、叱るときは絶対にたたかないと決めていたんだった。

子どもはたたかなきゃわからないことがある、それはそういうこともあるだろうけど、やっぱり「たたく」ことを学習させちゃいけない。

悪いことをした子はたたいていい、なんて思わせちゃいけない。

少なくとも、ある程度、善悪というか、たたいてまでしなきゃいけないほどのことなのかとか、考えることができる年頃じゃないと。



……んー、ということはですね、思春期くらいだったらむしろ、たたくのあり、なのか?

「親父にもぶたれたことないのに!」

って、あれは、ブライトさんは間違ってなかったということだねっ?



んー……

結構、泣きそうなくらい深刻に考え込んでいたはずなのに、思考が自然とそういう方向に流れていく、このオタ脳め。



さておき。



そんなわけで。

娘が悪いことをした→叱った、まではともかく、そこでたたいたのは、やっぱりよくなかった、と考え直し、帰宅してから娘に、たたいたことを謝りました。



まず朝のことを切り出したら、娘はまるでそんなことなどなかったような、忘れてしまったようなそぶりをしたけど、それはそれで、忘れたことにしたいくらい辛い経験だったのだ、と一層申し訳なくなりました。

子どもはそうやって、忘れたふりで親を許そうとすることがありますね。

でも、それに親がのっかっちゃいけない。

忘れたことにしなきゃいけない辛い経験は、枕に刺さって埋もれた針です。

針があるってわかっていれば、なんとかしようもあるけれど、針があることを忘れたふりをしなければいけないとしたら。

「ママはわたしをたたいたりなんかしなかったよ」

と、どこかに針が埋もれた枕で寝てみせなくちゃいけない。チクッと刺さって痛くても、なんでだかわからないふりをしなくちゃいけない。だってママはたたかなかったんだもの、と。



や、話が抽象的になってしまった。いけないいけない。



ともかくも、娘に、ママ、お尻をいっぱいたたいたでしょ? と思い出させ……

それはそれは悲しそうな、涙を必死でこらえる顔になりましたけど、ごめんね、と謝りました。

たたくのはいけなかったね、ごめんね、と。

許してね、とは、絶対に言わなかった。だって子どもは、そう言われたら許すしかないのだもの。あと、話が複雑になるから、娘が朝にしでかした悪いこと、については、ここではむしかえさないよう気をつけた。

ただひたすら、たたいてごめんね、たたいたのは良くなかった、ごめんなさい、と謝りました。



わたしと目をあわせないように顔をそむけ、くちびるを噛むようにして、泣きそうな顔で娘は聞いてましたけど、突然、本当に突然、ニコッと笑ってわたしを見、



「朝にそう言えばよかったじゃない! ママったら、もーう!」



笑っちゃいましたよ。

泣き笑っちゃいましたよ。



そうだよねー、朝のうちに、頭が冷えて、ああそうだったと思い出して、こうして謝れたら良かったよねえ。



「朝はママ、ぷんぷんしてたからさ、言えなかったんだよ」

「ママ、ぷんぷんしてた?」

「そう」

「なんで?」

「きみが○○とか△△とか××とかするから、ママ怒っちゃったんだよ」

「ふーん、そっかー」

「もう、しない?」

「うん!」

「ママも、もう絶対にたたかない!」

「うん!!」





……とまあ、なにこの出来すぎな展開? なんてな結末になったわけですが。

育児書や育児雑誌のなかのエピソードならこれでめでたしなんだけども、リアル日常、当然というか、この翌朝も、娘は○○とか△△とかして、わたしをふんがーっ! とさせてくれたのでした。

ま、××はしなかったがな。





(○△×には想定される子どもの行動をお好きに読み変えてくださいませ。実際のところを書けば、ひとによって「その程度でたたくなんて」とか「それくらいならたたいてもいいのでは」とか、「たたくこと」そのものからポイントがズレてしまうなあと思ったので伏せてみました)





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