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2011年4月の12件の投稿

2011年4月28日 (木)

また来週。

毎度つらつら取りとめもなく書きますが。
病院行ってきました。

とりあえず、子宮内に確認。
子宮外妊娠ではなくて、ともかく良かった。

かれこれ4年通っている不妊治療の病院ですけど、ここで授かるのは二人目。
それでなんとなく覚えていたんだけども、母子手帳をもらって妊婦検診のチケットみたいのをもらうまでは、結構お金がかかるんだった。

昨日、ちょっと本を買い込みすぎて、財布の中、一万円ぽっきりだったんですけども、まあ足りるかな、と思ってたらば、

お会計、10100円。

……病院近くのコンビニで、おろしてきました。

で、今日は胎児……じゃなくてまだ胎芽というんでしたかね、を子宮内に確認しただけで、来週また、心拍を確認にこなければいけません。
それが確認できてはじめて妊娠おめでとう。母子手帳をもらいにいけます。

息子の心拍が確認できたとき、黒いモニターのなか、ぺこぺこ動く心臓が星の瞬きのように見えたことを思い出します。
元気な子でありますように。

2011年4月27日 (水)

一番好きな旅先。

北海道。礼文島。桃岩荘。

二十代前半、北海道を一人旅したとき、予定になかったのに、稚内で知り合ったやはり旅行中の人から聞いて、行ってみた桃岩荘。

天の川をはじめて見た。
礼文島一周、雨で途中リタイヤになってしまった。
サザエさんの踊り。
ごはんがみっちみっちにつまったお弁当。
船が見えなくなるまで踊り続け、手を振り続けたお見送り。
鈴やタンバリンを鳴らして出迎えた「おかえりなさい!」
見送られたとき、港が見えなくなっても、まだ皆が手を振っていると知っていること。

ハッキリ言って、アホです。

うろ覚えだけど、別棟の建物があって、名付けてベン&ジョンハウス、略してベンジョハウス、とか。

えーと、なんというか、カラオケで一曲も歌わずタバコふかしている方には不向きなような。
「一発貫太くん」OPを真顔で歌うくらいはできたほうがいいような。
いやまあ自分の殻を破りにいくなんてのもありだと思いますが。

夜のミーティングで、踊るんですがね。
振り付けはほとんど忘れてしまいましたが、サザエさんの、「お魚くわえたドラ猫♪」のところ、「ドラ」は、ツモる振り、でしたね。
だからそのう、山からツモってきたのがドラだった、という振りをですね、あの……、えい、分かりにくい。
「お魚」「くわえた」「ドラ」「猫」それぞれに振りがあって、やたら忙しい箇所だったように記憶しています。

とにかくアホでバカなUHでした。
また行きたい。

ブログネタ: 今まで行った中で一番好きな旅先は?参加数

2011年4月26日 (火)

つわりとか。

毎度日々のよしなしごとですが。

つわりっぽさが、ちょいつらくなってきました。

今週末には病院にいって、ちゃんと検査してもらうつもりですけども、ちゃんと子宮内に着床しているかわからない不安とか、大手をふって「つわりでござい」と言えないから尚更つらく感じるのかもしれません。
や、大手をふって言いやしないけども。

頭がぽーっとする。
突然動悸がする。
やたら眠い。

1人目のときの、これはもう死ぬんじゃないか、と思うほどの具合の悪さに比べたら、まだまだなんですけどもねえ。
最終生理日を0として、まだ40日になってないくらいだし。

まあさておき、うまくいったら3人目。
気が早いけれども、上の子たちの心配なんぞしております。

2人目が生まれたときは、『魔法の育児書』にならって、赤ちゃんをかばいすぎず、「お姉ちゃんなんだから」なんてことは言わず、とやっていたら、上の子は赤ちゃんがえりもせず、弟をよく可愛がるお姉ちゃんになってくれました。
ま、そういう気質だったのかもしらんけど。

でー……、

3人目が生まれたら。
赤ちゃんをかばいすぎず……そして上の子ふたりを、もっと可愛がって……

やあ、なんかもう今から、真ん中の子となる予定の息子が、赤ちゃんがえりとか、暴れたりとかしそうだなあと思います。
多分、娘は赤ちゃんを可愛がってくれるだろうし、そしたらついつい、娘の方を多く可愛がってしまいそう。
息子は、怒りんぼの乱暴者だからなあ。

おいおい考えていきます。

2011年4月25日 (月)

愛情の受け皿

毎度月並みな話ですが。

愛情が足りないとかいうけど、そういえば愛情の受け皿は、子どもによって大きさが全然違うんですよねえ。
忘れてました。

噛み癖のある息子(もうじき2歳)、怒ると叩いたりもするので、もっとかまってほしいのじゃないか、愛情が足りないんじゃないか、なんて考えていたんです。

まあ「愛情が足りない」なんていう漠然としているくせに打撃力のある暴力的な言葉は好きじゃありませんが。月並みな言い方をすると、そんなところです。

でも、娘(4歳)と同じくらいには構ってるのになあ。
赤ちゃんのときは、娘がやきもちをやかないように、構いすぎないようにしてはいたけども。
充分なはずなのになあ。

なんてなことを思い、どうしていいかわからん状態でした。

先日の保育園でのこと。
息子が拗ねている。目を合わせてくれない。
保育園の送りは、わたしが娘(4歳)を、息子は義父が担当になっています。
どうも、わたしと一緒に来たかったらしい。それを引き離されたから怒ったようです。

怒るのはよくあるけれど、ぺたりと座り込んで、おもちゃもさわらず、わたしに視線を向けず、こんな心を閉ざした様子は初めて見ました。

心を残しつつ仕事にむかった通勤電車のなかで、あっと思い出しました。

本当は、いつだって、もっともっと甘えたいんじゃないか。
上の子と同じくらい甘えさせてるから充分なはずなんて、そんなこと全然ないんだった。
忘れてた。


まあそれ以来、息子が怒って叩いたり物を投げたりしたときは、やめさせるのもかねて、ぎゅぎゅ~っと抱きしめています。
効果があるかどうかはまだわからないけど。
叱りつけるよりは、なんか穏やかでいい感じです。

つわりっぽい

検査薬使う前からだけど、やたら眠い。ぼーっとする。
昨日あたりからは、胃液が上がってくる、なんていう、えええ~つわりにそんな症状あったっけ~、というのまで加わりました。
一人目、二人目のときはなかったと思うんだけど。


それにしても、つわりが来るのが早いような気がします。
まあおそらく、待ち構えてたから、ちょっとした体調の変化にも過敏になってたからなんでしょうが。

なんにせよ、ちゃんと子宮に着床してくれていますように。

2011年4月24日 (日)

妊娠検査薬

生理予定日を一週間過ぎたあたりから使用できる、というのがたいがいの妊娠検査薬ですが。
二日ほどフライングで、検査してみました。

やや色は薄かったけど、陽性反応!
やった! 三人目!

いやもちろん、きちんと病院で診てもらわないことには、子宮外とかもありうるのだからアレなんですけども。

ともかくも着床した……

仕事の異動とか、年齢とかもありますから、焦ってたんですよねえ。

生理日から出産予定日を計算したとき、今回はクリスマスだったので、なんかこう、テンション上がってたんですけども。

今週末か連休明けに、病院に行きます。

細かいことは、そのあとにでも。

2011年4月19日 (火)

昔よくやった、今じゃ珍しい遊びというか昔だって珍しかった遊び。

毎度しょーもない話ですが。

高校の時の部内で、卓球のラケットでバドミントンのシャトルを打ち合うのが流行ってました。

シャトルは羽根がぼろぼろの、多分バドミントン部がもう使えないって捨ててったやつじゃね?というやつ。

羽根部分が小さければ小さいほど、球(古シャトル)のスピードが速くなるので、わざとむしったりもしてました。
今にして思うと、ラケットも卓球部のお古だったんじゃなかろうか。

いやでもね、これが楽しかったんですよ。

基本、室内でやります。
あとラケットはラバーの貼ってないほうを使います。
独特の打ちごたえです。

うまいこと楽しさを伝えられないんですが、部室内でできるなかなかハードな遊びでした。
まあ、たまたま卓球のラケットとバドミントンのシャトルしかない、てな状況でもない限り、普通やってみようとは思わない遊びですから。
今も昔も珍しい、というよりか仲間内以外からは「なにあれ」と冷たい目で見られる遊びでしたとさ。


ブログネタ: 昔よくやった、今じゃ珍しい遊びを教えて!参加数

2011年4月18日 (月)

ありがと

毎度月並みな話ですが。

子どもの寝かしけのときのこと。

絵本を読んで、さて寝ましょう、と明かりを消して、息子1才は早々に寝息をたてはじめた頃、
壁のほうを向いて、おとなしく寝たなあとばかり思っていた娘4才が、静かにすすり泣きはじめました。

えっ、なにかしたっけ?
もっと絵本読んでほしかったとか?
隣であわわわわ……となりましたが、ふと思い出しました。

自分も幼稚園くらいの頃は、寝入り端、これといった理由もなく(あったのかもしれないけど)もの悲しくなって、布団をかぶって今の娘のように泣いたりしていたなあ。
どうしたの? なんて聞かれたって答えられなくて、それで保護者に気味悪がられたり怒られたりした。

だから、そーっと手をのばして、娘の後ろ頭をなでてみました。
なんにも言わず、何度も何度も。

向こうをむいたままの娘は、そのうち静かになりました。
寝たのかな、と手をひっこめて、わたしも寝ようとしていると、もぞもぞと娘が寝返りをうつ気配。

見ると、ころんとこちらへ寝返った娘は眠っていない。
そして、ぱ〜っと笑顔を見せました。

「あ り が と」

ゆっくりと言われた言葉の意味が、すぐにはわからずぽかんとしてしまいました。

それから、泣いているときに頭をなでてあげたことへの「ありがとう」だと気づき、思わず、「そんなこと言わなくていいんだよ」と言いそうになったけど、寸前で止めました。

母親が、泣いている子をなぐさめるなんて当たり前なんだから、お礼なんて言わなくていい。
でも、ここで、そんなこと言わなくていい、なんて言うのは、娘の気持ちを叩き返すことになる。
娘がさしだしてくれた、嬉しかったよ、という気持ちを、突き返すことになる。
娘が嬉しいなら、わたしも嬉しい。
だから、かろうじて、「うん」とだけ答えて、受け取りました。

それからちょっと前髪をなでると、娘はもう満足したようにまた笑ってから、向こう側へ寝返りをうち、すぐに寝息が聞こえました。

なんだか、こう、出来過ぎな話。

2011年4月15日 (金)

引っ越し

やーっとライブドアブログから引っ越しできました!

前に使ってたとこがサービス終了だかなんだかで、しょうがなくライブドアブログへ引き継がれたんですが、いろいろと気にいりませんで。
前にやっぱり育児ブログに使ってたココログへ、どうにか引っ越しというか統一いたしました。

引っ越しツール使ってもエラーばっかでどうにもならず、データをエクスポートしようにも無料版のライブドアブログは対応しておらず。
いっぺんFC2に引っ越してからココログへ引っ越そうなんてことも試したんですが、FC2の引っ越しマニュアルのとおり、ライブドアのテンプレートをデフォルトにしたらばあっさりココログへ引っ越し完了。

そんでもって、なんでココログを放置して別のを借りたんだったかなーと記憶の底をひっかきまわしていたら、思い出しました。

なんか結構、うつーなこと書いてたんですね。
読んでくれてたお友達に、虐待を疑われるようなことも書いてた、っぽい。
覚えてないが。
それでちょっとリセットしたかったんだろうな。

んでも、最初の出産のことを書いたりしているので、削除はしたくない。
というわけで、残したまんまにしたんでしょう。

新しいのをはじめたのはわかってる。というか、書いてある。
勝間和代氏にかぶれたんです。
勉強したことをアウトプットするのだ!と。

まあ現在は齋藤孝氏の本を読んで(この人にはずっとかぶれている)、
ブログで感想書くのを前提に本を読むのだ!
とか軽く鼻息荒くしているので、育児ブログというか、読書ブログ化しそうです。

過去ログ読んでいくと(そんなヒマな人がいるかどうかは未確認)、どこかで断層があらわれることでしょうが、お見逃しくださいませ。

桜とガラパゴス

こんな状況であるからして。

日本人の国民性を論じている文章をぽろぽろ見かける。
その発信元が海外でも日本国内でも、桜を愛でる日本人の心を書いているものが少なくない。季節柄ってのもあるかもしらんけど。

いわく、儚く散る桜を愛する日本人は、儚いものを良しとする心を持っている、とか。
儚く消え去っていくものを留めようとするのでなく、あるがままに受け入れているところが、欧米とは違うんだとかなんとか、おおざっぱにいうとそんな感じ。

だけど不思議なんですが、日本以外にだって桜はあるよねい?
日本以外の桜は、散らない品種なのだろうか。日本の気候のもとでのみ、散るのだろうか。なら話は違うんだけども。

同じように散るのなら、花吹雪になるのなら、ひとが、あれを美しいと愛でずにいられるのだろうか。

あるいはそんなことを問うことこそが日本人的なのであって、もろくはかなく散っていく様に顔をしかめるのが世界標準だったりするのかしらん。


どこで読んだのだったか。
こんな儚いものに価値を見いだす民族がほかにいたとしても、生き延びることができないに違いない、次々に滅びていったが、日本は海に囲まれていたので、たまたま生き残ったのではないか、という話。

その話は、ガラパゴスを思い出させた。
閉鎖的なために独自の進化を遂げた生態系。

日本がまた、閉鎖的なために独自の進化を遂げた文化をもつのだといって、特におかしなことは言ってないように思う。


そういえば日本の携帯電話は、独自の進化を遂げてまったくグローバルスタンダードに準拠してない、とかいって、ガラパゴスケータイ、なんて揶揄されていた。
海外進出しなければいけないのだから、ガラパゴスではいけない、と。

でも、本気で海外進出する気なら、グローバルスタンダードとやらをせっせと取り入れるのではなくて、そのガラパゴスをこそ、
「これが新しいグローバルスタンダードです!」
と打って出るくらいじゃなきゃあ、なんて思ったりもするんですけど。

そして、嘲笑気味の呼び名をあえて採用した、シャープの「ガラパゴス」。

今持ってる携帯電話の画面に、こないだ傷をつけちゃって。
だからまあ、散りゆく桜を眺めながら、ガラパゴスに買い換えようかなあと思った、というのんきな話でした。

2011年4月 4日 (月)

「面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則」

「面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則」(本田直之)





面倒くさがりやは、そもそも法則を55個なんて面倒くさくて試す気にもならん。



……というのは冗談ですが(多分)、「後々もっと面倒になるから今○○○をする」というやり方がまず肌に合わず、ムカムカしたまま読んでしまった。

もうちょっと落ち着いて読めば、なにか得る物もあったろうにと残念ではあります。



たしかに効率化のために手間暇をかけるというのは、楽しいことでもあります。わかります。



……効果が目に見えればな。



それか、その作業そのものが楽しいか。





けどまあ読めば「試してみようかな」とくすぐられることが沢山書いてあります。

ただわたしは、もうそれどっかで読んだことあるし続かなかったんだよなあ、て一歩引いて思うのでした。

2011年4月 2日 (土)

「少しの手間できれいに暮らす」

「少しの手間できれいに

暮らす あなたを変える77の生活整理術」デニス・スコフィールド(PHP研究所)



整理術の本を何冊も何冊も読むことに価値があるとするなら、どの本にも共通して書かれていることを発見することにより本質的なことに気づける、ということではないだろうか。



つーか、整理術の本を読んでも読んでもちっとも片づけられないわたしの場合、

もしかしてADDではないか、と発達障害関係の本まで行き着いたら、ようやく、



「それでも同じことが書かれている」



ことに気づきましたとさ。



どんなに目からウロコの家事術、収納術を紹介した本でも、必ず書かれていること。



「手間がかかることは、続かない」



だからいかに手間をかけないか、あるいはおっくうがらずに行えるかがポイントとなるわけだけど。



この本にも、目からウロコなアイデアはあった。

だけど結局実行しなければ、そして続けなければ、部屋は片づかない。



ところで本の後半になるにしたがい、あんなに手間をかけないようにと言っていた著者が、妙にこまごまとした作業を提案しはじめる。

たぶん、著者はこの整理術で部屋が片づくのが気分が良くて、どんどんテンション上がっていったんだろうな。

これもできる! あ、あれもできる! なんて素晴らしいの!

と浮かれて、とうとう手間を手間とも思わずこなせる境地に達したのだろうと思う。

そりゃ素晴らしいです。



でも、章ごとに実践してから先を読む、なんて読み方をしていないから、著者と同じテンションになっていない。なので、うへえ、と投げ出したくなるのでした。



しかし普通、この手の本だって最後まで読んでから、さて、と始めるもんじゃなかろうか。

なのにこういう本て、よく後半になると

「さあ、ここまで読んだみなさんの部屋は、もう片づけにイライラしないすっきりしたものに生まれ変わっているでしょう」

とかなんとか、なんか本を片手に整理整頓、不要品の仕分けと処分を同時進行しているのが当然であるかのようなことを言い出すのだ。



んなわけないよと思うんだけど。

どうでしょう。

ちょっと、え、あれ? 自分こそ少数派なのかしらん。

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