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2011年12月の11件の投稿

2011年12月27日 (火)

ぬいぐるみの収納。

収納しない収納、という本を見つけて、いずれ読もうと思っていますが、まだ読んでません。
収納のつもりじゃないけどまあ意外とこのままでいいかな、という話。

わたし自身がつい買ってきてしまうせいもあり、結構かさばっているぬいぐるみたち。
子ども用の赤いテントを子ども部屋に広げたままにしてあるので、ぬいるぐみはとにかくそこへ放り込んでおけば、とりあえずホコリはかぶらないし、悪くはなかったんです。

悪くはない、というのは、その赤いテントそのものが、かなり場所をふさいでいるせい。
しかもクリスマスプレゼントに、娘5歳がダンボールのおうち、をリクエストしたもんだから。
置く場所なんてねえよ。

テントを片づけることを条件に(条件に出す前に、そのおうちがテントより小さいことは確認済み)、じゃあサンタさんにお願いしようね、ということに。

テントより小さくなるわけだから、いま放り込んであるぬいぐるみは、もう入れておけない。
そこで小さいぬいぐるみは大きめのふたつきカゴに、やはり放り込み。
カゴに入らない大きいのは、子どものベッドに放り投げときました。

子ども用にしてあるベッドは、わたしが一人暮らしをしていた頃に買ったもの。
部屋には寝に帰るだけという忙しさだったため、寝る環境だけは良くしようと、セミダブルを選んだのでした。
これがまあ、5歳の娘、2歳の息子が使ったって全然スペースには余裕があるわけで。
ホコリはどうなんだと思わないでもないけれど、子どものベッドに大きなぬいぐるみが、わさっと置いてあるのは微笑ましく、あとは子どもたちが邪魔にしなきゃいいなというだけで。

結果、子どもたちは気にいってくれたようで、
「さみしくないよ~」
なんていいながら、枕元をうめるぬいぐるみたちにご満悦。
出しっぱなし、という感じもしないし、結果オーライ。

まあ出しっぱなしなのには違いないんだけども、あと子どもたちが最近遊んでないようなぬいるぐみをかなり間引いてリサイクルショップ行き箱に隠し、頃合いを見て処分するつもりだけども、いまのところ、いい具合におさまっております。

おお、なんかちゃんと育児ブログっぽい話だ。
本日はこのへんで。

2011年12月25日 (日)

【術後6日目】母乳指導。

術後6日目、本日退院です。

母乳の状態は、授乳時間ごとに母乳指導していただいて、マッサージもさんざんしてもらったものの、いまひとつ斜乳(ピューッと出る穴ですかね)が各1本程度。
授乳前後に赤ちゃんの体重をはかる、というのも何回もやってもらいました。増加分が、飲んだ母乳分てことですね。

これが、1回は2グラム。(「そんなのただの測定誤差じゃん!」とつっこんだ)
それ以外は、何故か逆に減っているという、たいそうひどうありさま。

まあどっちみち、ろくに飲めてない、ということで、昨夜、つまり明日は退院という夜、どうもこの看護師さんが一番マッサージが上手だよなあ、と思っていた方が登場。
念入りにマッサージしてもらった結果、ぷしゅーっと、看護師さんの顔にかかるほど出たわけです。

いやもうかなり痛いマッサージなんですよ。痛いんですけども、何日もマッサージしてもらいましたから、もう慣れたというか。
この日までは、マッサージは座った状態で、マッサージと一緒に搾乳していたのですけども、このときばかりは、もう最終日ということでしょう、仰向けに寝て、マッサージの仕方も非常に念入りでした。
で、しゅーっと母乳が噴き出るのが見えるもんですから、たいそう驚きましたよ。
心の中でその看護師さんを、母乳指導のリーサルウエポン、と名付けさせていただきました。

ところで退院後、母乳育児の本を数冊借りて、それでようやく知ったこと、
搾乳のさい、乳輪にあてた親指と人差し指を外に開くようにしてから打ち合わせる、と。
たしかに一度外へ開くようにしてみると、出が違う。
言ってくれよなー、と思いましたとさ。

さて、この日の朝食。

6m

ハムチーズサンド。

昼食、これが入院生活最後の食事と思うと、なんか感慨があります。

6l

ちらし寿司と揚げだし豆腐でした。

退院し、名前は決まっていたので、そのまま市役所へ行って出生届、その他もろもろの手続き。
このへんは夫にまかせて、わたしは車のなかで待っていたんですけども。

……まあ、お子さんのある方は、なんとなくわかっていただけると思うんですが。

病院を出てから、ずっと静かに眠っている子に、

6aru

……息、してる?

不安になって、鼻息を確認してしまったり。

そんな感じで、久しぶりの、新生児のいる生活がはじまったのでした。

では今回はこのへんで。

2011年12月24日 (土)

【術後5日目】体重変動。

術後5日目のお食事、朝食はホッケ、キンピラと茶碗蒸し。

5m

昼食はオムライス。

5l

夕食は鮭のホイル焼き、と、おやつのアップルパイ。

5d

退院サービスのリフレクソロジーがちょうどおやつどきだったので、夕食と一緒に出してもらったのでした。

で、そのリフレクソロジーでですね、
「土ふまずがない」
と言われたのが正直かなりショックでした。

いや、わたし結構歩くほうだと思ってたんですよ。
小一時間くらいなら平気で「じゃ、歩いていこうか」なんてくらい。
妊娠前は、仕事のやりとりで毎日6階まで階段往復何回もしてたし。

そのわたしが、「土ふまずがない」ですと?

やー、妊婦はその体重増加のせいで土ふまずがなくなるとか、なにかの本で読みましたよ。
そのせいじゃないんですか? 
……と言いたかったですが、なにしろ産後の退院サービスとして行っているリフレクソロジー、こないだまで妊婦だった人をいつも見てるでしょうから、妊婦が土ふまず無くなるというのが本当なら、わたしばっかり「無い」と言うこたないだろうよ、なあ。

そんなわけで、あーそうですかエヘヘヘ……と意味もなく笑って引きさがった腰抜けです。
あとで自分で触ってみたけど、無いって、よくわからない。ちゃんとあるような気がするんだけど。
自分じゃわからねえやというわけで退院後に、たまに行くリフレクソロジーで、
「土ふまずが無いって言われたんですけど」
と聞いてみましたが、否定も肯定もされませんでした。
かわりに、むくんでると言われました。
なんだか、こう、踏んだり蹴ったりなコメント。足だけに。って、うまくないけど。

それこれはさておき、体重変動の話。

結局のところ産前から12キロ増加した体重は、出産後、離床できた手術翌日に計ったところ、おおむね3キロ減。
以降、習慣どおり毎朝晩計ったんですが、本格的にしっかり母乳をあげたりせっせと搾乳をはじめた日から、スコーンスコーンと体重が減りはじめました。
具体的には、だいたい朝より夜には1キロ前後増えて、朝にはもとにもどってるもんなんですが、授乳開始後、夜の増加が0.6キロ程度、朝には1.5キロ前後減、という具合。

しかし、こりゃすげえ、と驚いたのは3日間ほどで、産前プラス5キロのあたりで下げ止まり。
あと授乳してるとすごくお腹がすくので、退院後、食べまくり。
産後もうすぐ一カ月近くたった現在、更に1キロプラスしたところで朝晩上下しています。

まあ、毎日のように餅2個いれたお汁粉を2杯食ってたり、チョコパイむさぼり食ってたりしてるのに、維持されてるあたり、授乳しているおかげなんでしょうけども。

あ、お餅はホントは、というか今は、かえって母乳がつまるとか言われてますが。
最近読んだ母乳育児の本では、信用できない母乳指導の例として「お餅を食べると母乳が出る、と真顔で言う」なんてのを上げられてたくらいですけども。
でも、お友達が「お餅を食べると母乳が出た」と言ってたので、なんつーか経験的にそうだったものは信じていいや、と、もりもり食べたのでした。
や、なんつって、ただわたしがお餅好きだからってだけですがね。

母乳の状態は、入院中からなかなか開通してくれなくて、かなり乳房マッサージをしていただきました。
赤ちゃんも吸いつきが弱く、くわえるとすぐ寝ちゃう。
だもんで、ほぼ毎回、授乳後にミルクを足しており、退院後もミルクを足すよう指導されてきました。
そんな状態で退院後は餅をばくばく食べてたなんて、かえってまずいんじゃ、と言われそうですけども、赤ちゃんが泣くたびせっせと授乳していたところ、なんとかなってきたもんです。

その話はまた次に。

2011年12月23日 (金)

【術後4日目】抜糸じゃなくて抜針。

術後4日目のお食事。

朝食はハッシュドポテトにベーコン巻き、パンとスープ。
4m

昼食、これがうまかった。
4l

つけめん、スープがうまうま。
煮玉子うまうま。
デザートは苦手な杏仁豆腐でしたけど、手作りらしく、ちょっと甘いところや杏仁の香りがするところにむらがあって、それがかえって美味しく食べられました。やわらかいし。

おやつはガトーショコラなんだけど、入院中はボヤッとしていたのかどうしても名前が出てこなくて、「ブラウニー?」なんてツイッターで呟いてつっこまれたり。
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包み紙のおそらく店名を、退院してからうろ覚えで検索してみましたが、何故か出てきたのは「整体、マッサージ店」ばかり。
まあ確認できたところで、わざわざ買いに行く時間の余裕などないから、別にいいっちゃいいんだけんども。

で、夕食はロールキャベツ。
4d_2

この日はおやつの時間から子どもたちが来ていて、わたしのおやつに手を出さないようにと、夫がたんまり夫が菓子パンをたんまり用意してたのですよ。
で、あるとわたしだって食べちゃうわけですよ。
夕食どきには菓子パンで腹いっぱいで、ロールキャベツは夫に半分食べてもらいました。

さて、この日の予定は抜糸。
シャワーはもう術後2日目から浴びてましたけども、今日は抜糸のあとにシャワーを浴びてもう一度傷の状態を見るとのこと。

で、抜「糸」ととりあえず書いたものの、糸じゃなくて針です。

スキンステープラというその名のとおり皮膚のホチキスみたいなやつで、傷口をがしょんがしょんととめてある、この針を抜くという。

針を抜かれるときは、結構痛かったです。
といっても、かさぶたをひっぺがされる程度の痛みですけども。
抜いた針は記念に全部もらってきましたw
前回は1本しかもらわなかったんですが、どうせ捨てるものだからというので、何本刺さってたのかというのも思い出になるなあと、全部いただきで。

Hari_2

そういえば一人目の時は、やはりスキンステープラだったような気はしますが、もっと針がごつかった、ような。写真を撮らなかったんで記憶があいまいですが、同じ時期に帝王切開をしたママ友が、「針を抜く、じゃなく、なにかバチンバチンと切ってから抜いてた気がする」と言うので、わたしもそんな気がしてきたり。
なんかもっと、太いやつだったし、記念にもらおうという発想が浮かばないシロモノだった、ような。

それにしても針のかたち、W型がほとんどですけど、どうやって皮膚を押さえていたのか謎な形もあったり、全部もらってきたおかげでなかなか楽しいです。
あと、もらったときは、針に組織というか、かさぶたみたいのがくっついてたので、ウェットティッシュでせっせとぬぐいました。

それから、母乳指導は術後2日目からだったんですが、その後の体重変化がすごかった、ことはまた次の日記で。




2011年12月22日 (木)

【術後3日目】授乳。

術後3日目の食事はすっかり普通食で楽しみ。

帝王切開後の入院生活についての冊子を眺めていたら、今はどうも、ガスが出た出ないにかかわらず食事は開始するっぽいですね。

五年前は、ガスが出ないと食事が出せないとかなんとかでずーっと点滴で、口が渇くのがつらくて、出てもいないのに「出ました」と言った覚えが。
二年前は、少なくともガス云々に関係なく、術後何時間だかで給水は可だったはず。
今回は術後6時間で給水可。

そういえば今回、ガスも排便も手術の翌日にはさっくり出ました。
帝王切開、一回目も二回目も、
「そもそも毎日出てたわけじゃないオナラや大が、手術したからって突然出るもんかよ」
と内心でぶーたれてましたけども。
今回はホント、あれれ、出ちゃったよ、というあんばいで。

これって、あれですかねえ、妊娠中、といっても後期ですけども、グリーンスムージーをはじめてたおかげで、腸が健康だったとか、そういう話ですかねえ。
いや、毎朝ヨーグルトとプルーンも食べてたけども、そっちは便通には、びた一文も影響しなかったし。
まあ、なんかわかりませんけども、退院後もグリーンスムージーは続けてます。
ヴァイタミックスはいずれ買っちゃうんだろうな。
ミキサーいっぱい作って、わたし一人じゃ飲みきれないからお願い、と理由をつけて、夫にも飲んでもらってます。
体にいいから、じゃあ反発して飲んでくれないのわかってるもんな。
少しは夫の体調も改善されるといいんだけど、とこっそり祈りつつ、

さておき、本日の朝ごはん。

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朝食は鮭の照り焼き、オクラに切干大根、きゅうりの梅和え。

昨日から母乳指導に来てもらってましたけども、赤ちゃんはほとんどずっと眠っていて、なかなかくわえてくれない。
仕方ないから搾乳指導になってますけども。
それでも昨日からの刺激のせいか、副乳で、わきのしたがこぶこぶになってきました。
冷やそうかなー、と迷いつつ、赤ちゃん沐浴の時間になり、わたしもシャワー、

の前に、やはり食事の量がものたりなくて、チョコをつまんだりしたのでした。
大丈夫なのかホント。

3l
昼食の鴨サラダが美味しくてですねえ。グラタンもうまうまでした。

午後はまた母乳指導、姿勢がうまくできなくて、腰やら肩が痛いのなんの。
授乳時間なのに起きない赤ちゃんを横に、また搾乳。
自分でしぼると、ぽたっぽたっ、しか出ないのに、看護師さんがしぼると、ぽたぽたぽたっ(たまに、しゃーっ)と出るのはすげえよなあ。

まあでも、なかなか開通してくれないなあ、とかいってるうちに、おやつ。

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少なっ
と思ってしまいましたが。
まあ焼き立てであったのかほんのりあたたかく、美味しかったです。
いや、味はともかく長靴いっぱい食べたいよ。
いやいや不思議な味なんかじゃなくちゃんと美味しかったですよ。

おやつのあとは、退院後の生活について院長や看護師長?からお話。
とにかくよく動くこと。
マタニティブルーは早めの対処、2週間健診のときには必要ならドグマチールという、副作用でおっぱいがよく出るようになるという薬も出せるから。
……いや、うつに効くほうが副作用だったか?
名前のわりに幸せな薬だ、と前回も思った記憶がよみがえる。

それと今回、ほほーと思った、というか、ホント、数年前の常識はいったんリセットするくらいの気持ちでいなきゃなあ、と思いましたのは、へその緒のお手入れ。
一人目、二人目のときは、なんか乾燥させる粉かけたり綿棒で消毒したり、いろいろ手をかけてたはずですが。

なんも、しない、ですって。

いやあ、らくになる分には、いいわ。
二人目のときは、ミルクの調乳に使うお湯の温度が60度から70度に変更になっていて、調乳用に60度設定できるポットを使っていたわたしは、うへえ、と思ったもんですが。
(わざわざ買い替えたりはしていない)

たびたび聞くことですけども、親世代の頃の常識は、今では常識ではないので、親の言うことは聞き流せ、という話。
親世代どころか、上の子の頃の常識が、もう常識じゃなくなったりするんだなあ、と。
だからまあ、そんなもんなんだから、あまりごりごり気にしないでいいんだよなあ、なんて改めて思ったのでした。
そういえば、前は「3時間ごとに授乳」と言われた覚えがあるけど、今回は「母乳なら2時間」と言われたもんな。
そんなのでいちいち「じゃあ一人目のときは何だったの!」なんてきりきりしてたら、育児なんてやってられんわー。

そんなわけで、もしかしたら入ってたかもしれない肩の力を抜きつつ、夕食。

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天ぷら☆

食べてるさいちゅうに赤ちゃんが泣きだし、
「おおお、そういえば、こうして温かい食事が食べられない生活になるんだっけな……」
と上の子たちの記憶がよみがえりつつ、授乳。

しかしお腹がすいたと泣きだしても、やっぱり吸いつきの弱い赤ちゃん。
ほとんど飲めていないようで、夜には副乳がごりごりに腫れてきたなー、

と思っていたらば、乳本体も張ってきて、やべーやべー冷えぴた持ってきたし貼っちゃおうかな、でも冷やしておっぱい出なくなっちゃったらイヤだなー、

と思っていたらば、夜中、痛くて眠れないほどに。

わきの下の副乳にはともかく冷えぴた貼ったものの、痛い痛い痛い。痛い。

ナースコールのボタンをにらみつつ、しまいには寝るのをあきらめて、というか睡魔が痛みに勝つのを待って、結局3時を確認したあと、記憶がないので、おそらく4時前には眠れたんでしょう。

翌朝も、痛ててててて……と胸をおさえつつ目覚めたのですが、術後3日目の話はこのへんで。

2011年12月20日 (火)

【術後2日目】病人食→普通食。

術後2日目ですよ。

朝はまだ病人食。
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実はこの前に、空腹に耐えかねて夫に差し入れてもらった菓子パンをかじっておりました。
朝食、多少固めのおかゆに魚の煮付け、ほうれん草。味噌汁はまだ上澄み。
煮付けの塩分が体にしみます。

配膳の方が、
「お昼から普通食ですよ」
と教えてくださって、そりゃもう思わず年甲斐もなく、やった!とバンザイしましたともさ。

で、その、やっと普通食の昼食。
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さつまいもご飯にきつねうどん、鳥の唐揚げ、ナスのそぼろあん。
小豆と黒蜜かけた寒天は、好みのほろほろしたやわらかさでした。うまうま。

こうして見ると、普通の量ですよねえ……。
入院中は、
「量が少ない……病人食明けだから、加減されてるのか?」
と、美味しいんだけど少ないよう、と思っておったのですけども。

そしてお楽しみ、おやつのケーキ。
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母乳がつまらないよう、ケーキは一日おきだそうで。
チョコレートケーキに甘酸っぱいラズベリーがうまうま。

そして夕食、

2d_2

ピラフにキノコのパイ包み。サラダとミネストローネ。
パイ包みがさくさくうまうま。

この病院で産むのは3回目なんですが、料理の量がどんどん減っているような。
まあ当初は普通食べきれないんじゃないかって量でしたから、いまが普通なんでしょうけども。
何故かやたらと胃が大きくなっていたのか、手術日の一日絶食と翌日の病人食で飢えてたのか、この日は妙に「少ないよう、お腹が空くよう」と菓子パンやらチョコレートやらをかじりながらすごしたのでした。
どうなんだそれ。

で、この日からシャワーを浴びれるようになったので、混まない午前中にさっぱりと。
傷は半透明ガムテープみたいのが貼られてて、ちょっとその周辺をごしごしする気にはなれなかったけども、ほとんど痛まず。
体重も計ってみたところ、だいたい3キロ強、減ってました。
まあこんなもんでしょう。

それから……お腹がすかすかするなあ、と、つくづく思いました。

や、腹へった、じゃなくて。
へったけど。

お腹のなかにいた子が、今は目の前にいるのだけども、なんかこう、お腹がすかすかと。
ミルクを飲んで満足そうに眠る子を眺めているのも幸せだけど、お腹にいるのも幸せだったなあ、と。
つわりとか、臨月でしんどいお腹抱えて、上の子ふたりの保育園のお迎えに往復1時間かけて歩いたこととか、つらいことがあったのは覚えてるけど、つらかった感覚はもう忘れてしまって、また産みたいなあ、なんぞと考えております。

まあわたしの場合、また不妊治療に通うことになるし、年齢も、40代突入前に授かるのは、授かれても出産時点で40代は避けられまいから、いろいろと大変でしょうがね。
そんでもね。
また産みたいなあ、なんぞと思います。

楽しかったし。

これからの大変さとか、いろいろあってもまた忘れて、また授かりたいと願うんでしょう、繰り返し。

当面の大変さとして、母乳指導があるわけですが、それはまた次回にでも。

2011年12月19日 (月)

【術後1日目】病人食。

帝王切開、術後1日目の食事。

三回目の帝王切開にしてようやく、術後にせっせと寝返りとか体を動かしたほうが色々とラク、ということに気づきまして(というか、ちゃんとそう看護師さんに言われてたんだけど、実行できなかった)。

寝返り頑張った結果、術後1日目となる翌日は、昼の点滴のあとかなり簡単に離床して、昼食。

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つーても重湯と味噌汁の上澄みでお腹がすきます。

……ここだけの話、持ち込んでいたチョコレートをつまんでつなぎました。

1d

夕食はおかゆにランクアップしてクリームシチューにトマト。

どちらも飯の味の無さがつらくて、味噌汁、シチューにぶちこんでネコマンマにして食す。

あと夕食後は、夫に買ってきてもらった菓子パンでつなぎました。
いいんかな。

傷は、力をいれると痛いかな。
どっちかというと体を動かしたとき、ウエストニッパーがあたると痛い、というのが多かった。

ちなみにカテーテルやらなんやらがはずれて離床、自立歩行を開始した時間は13時、2年前のときは夕方16時でした。
前回は術後、ベッドで身動きしなかったからなあ。動くと足にまいた機械やらカテーテルやらがはずれちゃうんじゃないかと思って。
全然そんなことなかったわけですが。

そんなわけで、かなり元気な術後1日目、赤ちゃんを部屋に連れてきてもらい、授乳はまだ無理だったけどミルクをあげたりオムツをかえたり。
新生児のふかふかのお尻に感動。

夜はまた痛み止めをいれてもらってから寝た、術後1日目でした。

2011年12月18日 (日)

誰か田園調布を知らないか。

毎度たあいもない話ですが。

ええと、近所にコメダコーヒーができたってことは書きましたっけか。
できたんですよ。


で、ちょっと雰囲気が良いし気に入って何度か行ったんですけども。
あるとき隣のテーブルの、わりと品の良いおばさまがたの会話。


「ねえ、このあいだは×××(聞き取れず)もできたし」
「コメダコーヒーもできたし、もう○○○(ここらの地名)は、△△△(最寄り私鉄路線)の、

 田園調布ね!」


……

……………


…… 田 園 調 布 ね ?


はい、「豊島区」「神戸」をずっと「都島区」「甲辺」と思っていた地理音痴のわたしが申し上げます。

コメダコーヒーって、名古屋、ですよねえ?
あの、名古屋ってスティックシュガーに書いてあったし。メニューに小倉トーストとか味噌カツサンドとかあるし。
んで、あの、田園調布って……、え、名古屋のどこかにあるの?

いやいやいやいやいやいや、さすがにそれはないです。わかります。
(多分)


うん、あの、聞き取れなかったお店と合わせてですね、なんかこう、田園調布の必須アイテムだったのかもしれません。

……コメダコーヒーが?

いやいやもうゴメンナサイ、世間知らずでゴメンナサイ、ビンボーが染み着いててゴメンナサイ、よくわかりません(涙目

……でも、○○○が△△△の田園調布、は、 ね え よ 、と思うんだ。

この会話を一緒に聞いてた夫は生まれも育ちもこの土地ですが、息できないくらい笑ってますた。

2011年12月 9日 (金)

【術後0日目】手術当日。

さて、手術当日の朝ですよ。

一週間入院するので、少々感慨深く子どもたちを保育園へ送り出す。ギュッとすると娘5歳は照れたよう。
「赤ちゃん楽しみ!」と言ってくれた。

そのへんまだわかってないだろう息子2歳は、しかしそれなりにこちらの様子になにか感じるものがあったのか、急に真顔でちゅーしてきたので驚いた(゜∀゜;ノ)ノ
普段は夫がけしかけないとしないのに。

9:00入院受付。
説明は一昨日の妊婦健診で受けたので、今回は書類などを渡したらそのまま病棟へ。

9:40処置室。点滴、血栓予防の弾性ストッキング、剃毛、浣腸。
剃るっていうけどバリカンで短く「刈る」感じです。
浣腸液、なにかのエッセイマンガで「2000cc」とか書いてたのを読んでから、マジか?と確認してるのだけど、今回は120ccでした。記憶では前回30ccだった。
処置室を出て、部屋のトイレで済ますようにとのこと。
つか、おいらにあてがわれた部屋、処置室から2番目に遠いのよー(∋_∈)

まあいいリハビリですけど、浣腸に関しては、実は昨夜お腹を下していたので、
「もう出るもんないよ〜」
と、なるべく我慢するどころか部屋まで持ちこたえられりゃいい!という感じでした。

そうそう、お産企画書に「胎盤をさわりたい」と書くのを忘れ、ここでお願いしたのだけど、麻酔のため手を固定しているので触れないんじゃないかという回答。
ええ〜、前回も前々回もここで、触らせてもらったんだけどなあ。
写真だけでも、と食い下がり、確認しておいてくれることに。
(結局今回は触れなかったけど、夫に写真撮ってもらった)

14:10手術室へ。
背中の麻酔、痛かったー。
じわじわと無くなる感覚。足を持ち上げてみたいけど怖くてできない(あとで「持ち上げてみてー」と言われるけど笑っちゃうほどムリ)。
触られる感覚がなくなるのは一番最後だそうで、たしかに消毒液をお腹に塗られてる間、しびれた足裏をつんつくされてるようなむず痛さ。
その後、「これ痛いですかー?」

はい?へ?

なにか痛いことをしたのだろうけどまったくわからず。
手術開始。

意識して深呼吸することで、だいぶ落ち着いていられたように思います。最近読んだ本のリラックス方を思い出して、新婚旅行のときの海や、礼文島を一人旅したときの海を思い浮かべつつ深呼吸。
ま、そんな悠長にしてられたのは最初のうちでしたけど。

出産まで苦しいのは、なんかお腹の中から引っ張り出される感覚と、赤ちゃんを最後に押し出すんでしょうか、鳩尾あたりをぎゅーっと押されること。
そして、
14:32出産です。すぐに産声をあげてくれて、「泣いた!」と思わず言ってしまいました。
二人目は陣痛つけてから生んだので起きてて泣いたけど、一人目は逆子の帝王切開、寝ていたようでなかなか産声をあげなかったのです。
わあ可愛い声……と早速親バカを発揮。
夫が写真を撮った後、へその緒を切り(やっぱりイカ刺しみたいだって)、白い胎脂におおわれた赤ちゃんとご対面。
キレイにしてもらってから再度ご対面。こちらから手を伸ばせないので、頬のあたりに赤ちゃんをくっつけてくれる。
湿った柔らかな感触。君が入ってたのかー。ようこそようこそ、よく生まれてきてくれたね、ありがとう。
子どもにつきあって梅昆布をよく食べてたからか、髪の毛真っ黒。
手足が長いよ、とか何度でも親バカ発揮。

母体のほうは縫合とか、なんかごそごそやってて、ここが最大苦しかった。麻酔が上がってきたのか、鳩尾に鉄板乗せられたような苦しさ。

正直この息苦しさには、
「赤ちゃんはもう生まれたんだから、最悪わたしはいいや……」
と涅槃スイッチ入った。


院長先生に大丈夫大丈夫と言われてるうちに息苦しさはおさまって、あとは痛い。
痛さは子宮が収縮する後陣痛だって知っちゃあいるけど痛い。

看護士さん「一人目より二人目、二人目より三人目のほうが後陣痛は痛いのよー。収縮する力が強いから」

えええ、年とともに復元力が落ちてへにゃへにゃしそうなイメージなんすけど!?


おおむね45分で手術は終了。部屋に戻る。
部屋では、早々に痛み止めをいれてくれたのでひたすら眠いけど神経が興奮してて寝たくない感じ。
足は血栓予防のマッサージ機をつけられてるので身動きとれない……

と、思ってたけど、しばらく仰向けに寝てて猛烈に腰が痛くなってきてから思い出す。
……たしか、体位変換とかなんとか、なるべく動いたほうがいいんじゃなかったっけ?

夫に頼んで横向きにしてもらい、ついでに腰をもんでもらう。
一度横向きになると何となくコツがつかめて、あちこち掴んで支えながら寝返り。
面会時間が終わって夫が帰ったタイミングで術後6時間。
給水OKになるんだけど、水を自分で用意してなかったため、ラウンジ備え付けの給水機から、あれなんていうの?吸い口?を用意してもらう。
ペットボトルにストローつける子ども用のあれがあったら便利だった。
次回は用意しとこう。
と、生んだ直後からまた生む気まんまん。

ともかく結構頑張って寝返りしたし足首も動かすようにしたおかげか、翌日の離床はかなりスムーズでした。

術後0日目は以上。

2011年12月 6日 (火)

お知らせ「明日のこの時間は、腹ペコ漫遊記」

いや、腹ペコ漫遊記はウソ。
明日のこの時間は多分、麻酔で寝てるし。

え、さて。
明日から帝王切開のため入院します。
手術の腕前もさることながら入院中の食事がうまいので選んだ病院ですので、何事もなく生還できたのちには一週間ほど自分の記録用に、食事の画像ばかりの日記をアップしするかもしれません。


3人目とはいえ久々の新生児のお世話と産後のホルモン減少の関係で、ボーっとしたり、経験上、高確率でウツっぽくなることが想定されるため、食事の画像だけならいいけど意味不明なコメント書いたり、なんかグチグチウツウツしたことを口走るやもしれまへんご容赦。


でもって、明日の午後には手術なんで、本日の夜12時から飲まず食わず命令ですよ。

だからってしこたま昼飯を詰め込みすぎたもんだからちっともお腹がすかず、夕食を作る気になれないこのアホな現状をなんとすべ。

2011年12月 5日 (月)

映画「モテキ」の別に感想というわけではない。

本日妊婦健診、今回の滞在時間は3時間ちょい。
前回4時間近く空腹で待ち続けて具合悪くなったので、サンドイッチを持参しましたとも。
おかげでぐったりすることなく乗り切りました。
つか妊婦健診でこんなぐったりするってどうなの。

さておき、先日、といってもまだこんなにしんどくなる前に、映画「モテキ」を観てきました。

その中でですね、女性が一人で牛丼かっこむシーンがあるですよ。
店内の、オッサンばかりのほかのお客たちは、その様子をあっけにとられたように注目している、というもの。

……しかし。
いまどき妙齢の女性が一人、牛丼屋で牛丼かきこんでるからといって、そんなしげしげ見るもんかしら。
さらに食べ終えた女性は、おもむろに、
「すいませーん、おかわりください!」
お客たち、これにどよめいて何故か拍手。女性は照れたように頷く……

ええと、自分が気にしないもんだからかもですけど、そんな反応てアリかなあと。たとえその女性が美人であってもなあと。普通の勤め人なカッコだし。

あ、いやもしテーブルにすでに平らげた丼が数個転がっている……という描写でもあってそれを見逃したんなら話は別ですけども。

まあ観ていてずっと、
「ああ、ああ、あんなに肉ばっか口に運んじゃって。ご飯とのバランスが悪いじゃないか」
「絶対飯粒だけ残るぞ、紅ショウガで食う気か?」
「てゆか、おかわりって、そんなシステムなの? 食券買いに立たなくていいのか……」
なんてことばっか考えておりました。
肉ばっか口に運ぶのは、あれだ、箸に乗ったときそのほうが美味しそうに映るとか、飯粒とからんでると汚く見えるとか、あるんでしょうねえ。


とまあ、そんなわけで、映画を観たあとは早速家で牛丼を作ったです。
レシピはほぼ日の、「LIFE」から。
これホントレシピどおり作るとうまいんだ。

で、夫も美味しい美味しいと食べたものの、そのあとニッコリして、

「でも、店で食べたほうがはるかに安上がりだよね。材料費いくら?」

……、

うん、あの、夫はよく、わたしとの結婚の決め手は料理がうまいからだったと言うのですけど、そのわりにというかだからこそなのか、料理への難癖が多いよね。
味噌汁にいれるあぶらげがもったいないから1mm幅に切れと激怒されたときは、本当になんであのとき離婚しなかったんだろうと思います。
(じゃあ自分で満足いく細さに切ってみせてください、そのとおりやりますから、とやらせたところ、自分でやってみるとどうしても1cm幅より細く切れないことに呆然として、それまでのわたしの3mm幅で妥協してくれることになったのでした。
あ、凍らせてから切るともっと細くできますよニャハ☆とかいう主婦の知恵はいらないです)


で、まあ、多少は免疫がついたので、
「そうですね、じゃあ安いのを食べにいったらいいですよ。
 今度作ったときはわたし一人でこっそり食べますから」
と申し上げておいたとです。
食べにいくほど食べたいわけじゃないから、とやっぱりニコニコしてましたが。


そんなモヤモヤムカムカもありまして、本日の昼飯は松屋の牛飯。
新生児をむかえたら外食はめったに行かなくなるだろうと、せっせと外食ランチにせいを出しておりますが、松屋は正直当初の予定にはなかった。

だってねえ。
夫じゃないけど、たしかに食べにいくほど食べたいわけじゃなかったからなんですが。

「モテキ」のあのシーンがふと思い出され、妊婦健診の帰りにふらふらと駅前の松屋に入ったのです。
旨辛ネギたま牛飯。
う  ま  ー  ( ̄∀ ̄)

別段、女性で妊婦が丼に顔つっこんでるからといって注目されるでもなく、店員から怪訝な顔されるでもなく、堪能いたしました。


いま気づいたんですけども、まあ一般的には女性一人では入らないと見なされる店……ラーメン屋とかでは高確率で、たまたまそばにいた他人の男性のツレとして扱われることの多かったわたし、牛丼屋では、そういう目にあったことないですね。
まあ、ツレかどうかなんて関係ないシステムだからなんでしょうけども。
それでもたまに、同じタイミングでカウンター席の隣に座っただけの男性が、わたしより先に食べ終わって先に席を立つと、なんで?置いてかれたの?とギョッとした顔で店員に見つめられたり、逆に慰めるように微笑まれたりしたこともあったし、ああ花屋でわたしが「すいませーん」と呼んだのに、やってきた店員がたまたまわたしの後ろに並んでた男性へ「はい、ご注文どうぞ!」とやってくれたこともあったな。しょうがなく男性のあとにもう一度呼んだら、え?て顔されたり。ああああそういやわたしの食後のデザートを隣に座った見知らぬ男性に「お持ちしてもよろしいですか?」と聞いた店員もいたっけな!


ええと、あれだ、そういう他人の隣に座るほど混む時間にばかり行っているからなのかなんなのか、夫が言うには「一人でうろうろしそうにない顔」だからだそうですがなんじゃそりゃ。
そういや動物占いでは羊かなんかで「とにかく一人でいるのがいやで群れたがる」と言われたっけな。わたしの知る限りわたしは、「とにかく集団でいるのがいやで一人でふらっと別行動を取りたがる」やつだとばかり思ってましたが、なんか関係あるだろうか。


……いや、そんなことをグチグチ書きたかったわけじゃなくてですね。
映画「モテキ」ですよ。

あの、女性が一人で牛丼屋で牛丼たいらげるシーンは、なにかこう、いろんなことを吹っ切ったような、新しいわたし、みたいな?
なにかそういう象徴のようなシーンでした。

これ、多分、ラーメン屋じゃあダメだったんだろう。
牛丼だからしっくりくる。
もちろん、家で作って食べる牛丼じゃダメで(だから今日、やっぱりお店で食べなおしたくなったんだろう)、食券買うような安い牛丼屋じゃなくちゃいけなかったんだろう。

なんなんでしょうね。
なにかそういう、「女性」が「一人」で、という要素を掛けたときに発する空気。
考察してみたい気もするけれど、本日はこのへんで。

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