フォト

他のアカウント

Twitter

にほんブログ村

  • にほんブログ村

楽天

  • 楽天
無料ブログはココログ

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月の4件の投稿

2013年1月18日 (金)

医学的な証明。

先週に、無事退院しました。
 
一ヶ月ほど仕事を休むのですが、入院前には、腫瘍の検査のため数日お休みをいただいておりました。
腫瘍の検査をするうち、バセドウ病が発覚し、甲状腺の摘出は腫瘍のみなら半分で済むところが、全摘出手術とあいなったわけなのですが。
これが、職場の休暇制度にひっかかりました。
 

ひとつの病気について取得できる休暇日数が限られており、わたしの場合、入院前の腫瘍で休んだ数日とは別に、手術とそれ以降の療養期間は、新たに発覚したバセドウ病でお休みさせていただきたいと申請したところ、
「腫瘍とバセドウ病が違う病気だという証明が必要」
という話に。
 
病気のため休暇を取る場合、不正取得防止のために手続きが厳密になっているのは承知しておりました。
だもんで、
「や、腫瘍とバセドウ病って、名前からして違うじゃないですか」
では通らないんです。
 
 
「腫瘍が悪化した結果、バセドウ病という病名になったのではないか。
 その場合、同じ病気が悪化しただけなので、
 休暇日数は腫瘍とバセドウ病と同じ枠で考えてもらわないといけない」
 

出世魚ですか。
 
ハマチ→メジロ→ブリですかと。
 
 
病院に相談したところ、「悪化した結果……」「同じ病気が悪化しただけ……」については、
「それは全然違いますねっ」と一笑に付されました。
が、バセドウ病と腫瘍は違う病気であるという証明については、バセドウ病のため全摘出になるのは事実だけど腫瘍で検査していたのも事実だし……と、なかなか話が進みません。
結果的には、腫瘍じゃなくバセドウ病で全摘出だよ~という内容の記載を診断書に追記することで、了承されました。
ちなみに仕事に復帰する際も、証明書が必要です。
 
やれやれと肩の荷がおりたところで、主張したいことがひとつあります。
 
手術の後遺症で、声帯に麻痺が残り、そのため声が枯れております。
これは、数か月は治らないとのことです。
 
摘出した甲状腺は、声帯を動かす神経を巻いていたのですが、この神経が細かったため、手術の影響が残ってしまった、との医師からの説明でした。
 
 
つまり、現在のわたしのニューハーフ声は、
 
 
 
 
わ た し の 神 経 の 繊 細 さ の 医 学 的 な 証 明 で あ る わ け で す よ !
 
 
 
と、あちこちに主張しているんですが、まともに取り合ってもらえません。
ちぇ。

2013年1月10日 (木)

ラジオ体操どうしよう。

予定どおり退院できることが決まりました。
入院にあたって、持っていって便利だったものや、あればよかった持っていかなくてもよかったとか、今後入院するかもしれないときに参考になることを、あとでまとめるつもりなんですがね。
 
 
激しい運動はまだムリだけど、ウォーキングなんかはどんどんやって良しだそうで、早速、体力回復にむけてラジオ体操をしようと思ったんです。
 
とはいえ、うろ覚えなので、こんなときのニコ動、とラジオ体操を検索したところ、それどころじゃなくなったので以下にリンクを貼っておきます。


【ニコニコ動画】忙しい人のためのラジオ体操第一
最初、何の事だか理解できませんでしたが。
これとあわせて、踊ってみた(やってみた、か)も見ると腹筋の訓練になるかもしれません。
わたしは、傷口開きそうな気がして最後までは見ませんでしたけど。

【ニコニコ動画】ラジオ体操第一を短調にしてみた【ラジオ大葬 Die 1】
意外と踊れます。
アンニュイな顔でどうぞ。
あ、つか、ラジオ体操っていつも思うんだけど、「踊る」でいいのかしらん。

【ニコニコ動画】20070605 ドアラの変なラジオ体操
ドアラ、好きなんで。
もし私の生涯でムーミンに出会うことがなかったら、いまごろ私の部屋に飾られているのはドアラグッズだったと言っても過言ではないほど好きです。
すいません、ちょっと過言です。
 
 
いま心配なのはですね……
 
笑うのをこらえてブホォッてやったときですね、なんか、喉の傷口から、入っちゃいけないとこに空気が入っちゃったような感覚があることです。
や、そんなバカなと思いますがね。

今度はちゃんと、入院中のことなんぞをまとめます。

ではごきげんようごきげんよう。

2013年1月 6日 (日)

明日は手術ですが、その前に片づけの魔法のこと。

入院1日目と2日目、なんだかんだで慌ただしいようなヒマなような、妙な気分で過ごしました。
明日は手術、その後は忙しくなるのか、それともやっぱりヒマなのか、どうにも想像がつきませんので、取り急ぎ覚書といいますか。

 

バセドウ病、という診断がついてからこちら、情緒不安定な日々が続いておりました。
日記を書いても情緒不安定。情緒不安定日記。

略して、「JFN」。

戻して、「J常識的な範囲内で」「Fふえた」「Nなめこを収穫する」

……まあ、なめこぱらだいすは、ダウンロードの際エラーになって、結局やったことないんですが。

 
や、そういう話じゃなくてですね。
 
 
死ぬのかな、と思ってしまうことが増えました。
死なないまでも、二度とお料理や、子どもを抱っこしたりできない体になってしまうのかな、とか。
 
手術が終わってしまえば、おおげさだなあ、と笑えることのはずなんですが、すっかり気分が沈みこんでいるときは、そうは思えない。
うつンときの、振り返って考えてみれば何故あんなアホらしいことで死のうと思った? と、当時の自分を正座させて問い詰めたいようなことだった、あの現象。
 
それでも、年明けには娘6歳が小学生になるので、増える荷物の置き場確保のためにと、大掃除を兼ねて、自分の本やら服やら雑貨やらをドッカンドッカン処分。
このへんは、人生がときめく片づけに大いに助けられました。 
 

 
ひとに話すと笑われますがね、ものを処分するとき、どうも罪悪感があったら、そいつをむぎゅ~っとハグして、
「ありがとう、ときめきをくれて!」
と、気が済むまでお礼を言うとですね、本当に気持ち良く、晴々とした気分でそのコを手放すことができるんです。
「ときめき」を基準になんて聞くと、なるほど! と瞬時に膝をたたくひとと、ええ~? と笑って最初から相手にしてくれないひととがいると思いますが、後者であっても、おうちを片づけて気持ち良く暮らしたいと願う方は、騙されたと思って読んでみてほしいです。
 
まあ、「騙された!」と言われたら、ええ~? と笑って逃げますが。
話がそれました。
 
この本によれば、飾ったりなんかは、片づけが完了してからやったほうがいいらしいんですけども。
実は以前に、片づけが完了する前に、飾りだしたり収納用品を買い足したりして、失敗しています。
今回も、完了していないのに飾りだしちゃったりしたんですが、このへんが、
 
「だって、もう帰ってこれないかもしれないし……」
 
「手術前にこうして不用品を処分するって、なんだか、……のお支度をしているみたいだな……」
 
という心境だからなんですね。
いいじゃないか、帰ってきて片づけを完了することはできないかもしれないんだから、と。
処分する本を積み上げては「ああ、ダークタワー……」と呟いてみたり。それは関係ないか。
 
 
黙々と片づけた結果、スチールラック2個につめていた衣類や雑貨がなくなり、空っぽになったラックは子ども部屋に移動して娘に使わせることに。
 
本棚は3段がスカッと空き、ここに、大好きなムーミングッズを並べ直しました。
それから、「これこそアロマポットの理想の形!」と今でも語らせたら鼻息荒くなるアロマポットを飾り。
ちょっと考えて、本棚の中に小さい棚を画鋲で留めて、アロマオイルや小さなムーミンフィギュアを並べました。
それと、遠方に住む友人のところへ遊びにいったとき買った、お気に入りの食品サンプル。
本当にスカスカに空いたので、大好きだけど置き場に困っていたモノポリー秋田県エディション。 


試しに入れてみたら、ピタリとおさまりました。
 
 
こうして飾り終えてから、大好きなものだけが並んでいるその棚を眺めると、何故ともなく、神棚にでも向かうように、手を合わせていました。
 
大好きなものが気持ちよく並んでいる。
それだけっちゃあ、それだけです。
だけなんですけど、
 
ついさっきまで、帰ってこれないかもね……とか、身辺整理だなあ……とか、鼻水すすりあげながら呟いていた私は、合掌のあと、ムーミンとスナフキンの背中をつくづく撫でながら、ようやく、
 
帰ってこよう、
 
と思えたのでした。
 
ただ一時的に気弱になっていただけで、あとで読み返したら赤面して削除したくなる日記であろうと思います。
それでも、なんというか、なあ。
 
わあ、片づけって、すげえ。
と思ったので、病気に限らず気落ちしているひとがいたなら、
片づけという手もあるらしいよ、
と、小声で耳打ちしたくなったのでした。
なんか結構片づけってすげえよ? て。

たかだか片づけです。
服は衣装ケース2個分、本は段ボール箱6個分、雑貨など普通ゴミに出せるものは30リットルのゴミ袋4個分、場所はとらないけど送りつけられて処分に困ってイラッとしていた通信教育関係のDVD10枚弱。
そういうものが部屋から出ていき、空いたところへ大好きなもの、眺めていて気分が良くなる、ときめくものだけ飾ったら、そこが……ここ本の表現を借りますが、
「自分だけのパワースポット」になる。

正直、パワースポットと言われたら、
あ、はい、そスか。
と手刀を切りながらそそくさ退散するような私ですが。
神社は神社って言えよ! と内心でぶつくさ言うような私ですが。

あ、これかあ……
 
と、体感したといいますか。
ふつふつとも、ほっこりとも違う、不思議に充実した気分で、
元気になって帰ってくるよ、
と、ムーミンたちに誓ったのでした。
 
そこは子どもたちに誓えよ!
という突っ込みもありましょうけんど。
そりゃもうつい数分前までは、子どもたちを残していくのかと鼻水ズルズルの精神状態だったので、ここはともかくムーミンなのです。
私の目標はムーミンママだし。
 
ここでムーミンママの素晴らしさについてひとくさり語りたいところですが、明日は手術のため、いいかげん寝ます。
 
続きは、来週のこの時間に。
 
 
いやウソです。
今週か来週の金曜日にでも。
大丈夫、その頃には、ムーミンママの素晴らしさを語るテーマについては忘れています。
 
つか、手術後のご報告すら忘れるかもしらんので、気をつけます。
 
 
本日はおこしくださりありがとうございました。
ではごきげんようごきげんよう。

 
 
 
 
 
 

2013年1月 5日 (土)

入院前。

本日から入院です。
昨日の仕事始めはフツーに出勤し、
「摘出した腫瘍のポラロイドを退院する時もらえるらしいんですよ〜。
 写メ撮って送りますね、診断書の代わりに☆」
と言ってイヤがられてきました。
ちなみに代わりになりません
 
さて、突然ですが以下は2012/12/26【内田樹の研究室】から一部コピペです。
 
 
レヴィナスの他者論は、ホロコーストの後、ヨーロッパのユダヤ人たちが、「神に見捨てられた」と思い込んで信仰に背を向けようとしているとき、彼らを信仰に引き留めるために錬成されたものである。
神はその民を救うためにいかなる天上的な介入もされなかった。
それを「神の不在」だとみなして、棄教の誘惑に屈しかけた同宗者たちに向かって、レヴィナスはこう語った。
ホロコーストは人間が人間に対して犯した罪である。
神は、人間が神に対して犯した罪は赦すことができるが、人間が人間に対して犯した罪をとりなすことはできない。
それは人間の仕事である。
自分たちの住む世界を人間的なものにするのは人間の仕事である。
もし、神が人間に代わって世界に整序をもたらし、手際よく悪を罰し、善に報いたら、人間は無能な幼児のままでよいことになってしまう。
神が完全に支配する世界で人間は倫理的である必要がない。
倫理的であるとはどういうことかを思量する必要さえない。
神が人間に代わってすべてを整えてくれるからである。
神なしでは何もできない人間を創造することが神のめざしたことだったのだろうか。
もし神がその名にふさわしい威徳を備えているなら、神は神の支援抜きでこの世界を人間的なものたらしめるだけ霊的に成熟した人間を創造されたはずである。
「唯一なる神に至る道程には神なき宿駅がある」(『困難な自由』)
 
コピペここまで。
 
内田樹氏の著書のどこかで読んで、ここ数年で最も胸がふるえた文章だったのですが、こいつがコピペしやすいブログ上にあったので、いやっほう、とコピペしちゃうのでした。
 
ですけんど。
特段これについて、わたしの思いは語りません。
語れる力が、まだない。
読んでいただいて、それぞれに心にカチッとくるものがあれば、幸いです。
 
 
 
 

だだ漏れで改めて言うまでもないでしょうが、手術をひかえて、ずいぶん情緒不安定になっております。
病院にはノーパソ持ち込みますので、ぎりぎりまで、そんなごちゃごちゃした心境を垂れ流すかもしれません。
絶望モードと感謝モードの間を、ゆあんゆよんと揺れながら、矛盾したことも書くでしょうが、その時々の正直な思いであることは間違いないので、そのままにしておきます。
今日は感謝モード。
こんなふうに。
  
 
何事の、おわしますかはしらねども。
 
感謝します。
わたしは、今日まで生き延びることができた。
今日の糧を、感謝します。
わたしは毎日好きなコーヒーを飲み、ハーブティーを飲み、
ドーナツを食べ、チョコレートをかじり、
肉を食べ、魚を食べ、卵を食べ、プロテインを飲み、
薬を飲み、
大切なひとたちに出会い、大切な本やマンガに出会い、
それら全てはこの世に産んでくれたおかげですと、
会ったことのない母に、ありがとうと手を振りたい気持ちになります。
いま、こうしてポエミーな言葉を綴りながら、
根がどうしようもなくお調子者のわたしは、
手術を前にワクテカしてもいることを白状します。
未知の全身麻酔に、怯えと、ドキワクと。
八百万の神様、退屈できない人生の荒波に、
サーフボードを持ち出し、
寒イボ立てて震えながら、涙目で、
ヒャッホウ! と叫ぶ私であることを、
感謝します。

 
 
かたじけなさに、涙こぼるる。
 
 

さ、入院前に、スタバに寄ろうっと。
 
 
本日はお越しくださりありがとうございます。
ではまた。
ごきげんようごきげんよう。
 
 

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »