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2013年10月10日 (木)

『人間失格』

私は、その文庫本の表紙を、三種類、見たことがある。

一つは、天野喜孝氏のイラストであった気がするが、そうではなかったかもしれない。色彩は美しいが素っ気ないデザインのものであったかもしれない。
いずれにせよ、手元にはないうえ、密林で検索をしてもそれらしき表紙が現れないので、その一冊を見たことがあるし、蔵書として持っていた、ということそのものが、記憶違いであるかもしれない。

二つ目は、小畑健氏のイラストで、当時デスノートにかぶれていたし、ヒカルの碁にもかぶれたことのある私は、書店でその表紙を見るなり、一も二もなくひっつかんでレジに差し出したのである。

もちろん私は、家に帰ればまったく同じタイトルの文庫本が、私の書棚におさまっていることを覚えてはいた。それにもかかわらず、私に迷いは無かったのである。
 
最後の一つは、最も悩んだものであった。
断捨離や人生がときめく片づけにかぶれた後であったから、蔵書にそれは一冊しかないはずではあったが、天野喜孝氏と小畑健氏のどちらかを断捨離できた気がどうしてもしなかったのだ。
これを買えば、三冊目になるやもしれない。
それどころか、この表紙の写真(つまり、三冊目の表紙はイラストではなかった)は、私の好きな梅佳代氏の写真であることは間違いないが、しかし購入済みの写真集『男子』の中の一葉であるようにも見える。
写真集で持っているというのに、その表紙目当てで三冊目を購入するのは、いかにも愚かなことに思えた。

私は、つくづくその表紙の写真を眺めた。
白いシャツに黒い半ズボンとランドセル、白い通学帽を「顔」に被って何かのポーズを決めている四人の男子。
アホである。
私はこの表紙を見て、眼をつぶる。既に私は、この本の内容を忘れている。この本にかぶれた先輩のことは思い出す事ができるけれども、この本の主人公の印象は、「なんかおっさんくさい名前だった」以外、すっと霧消して、どうしても、何としても思い出せない。



うん、つか、読んでないのかもしれない。
三冊も買ったのに。

さあここまでお付き合いくださりありがとうございました。
表紙にほいほい釣られて『人間失格』を三冊も買いましたよという話です。
や、ちゃんと期間はそれなりにあいているのですけどもね。
一冊目が天野喜孝氏だった、というのは、これは本当に、芥川作品との記憶違いかもしれません。

本が好きです。
今のところ、紙が好きです。電子書籍には手を出していません。
もう可能になっているのかもしれませんが、電子書籍が、ぱらぱらっとめくることができたり、ページを折ったりできるようになったら、手を出すんじゃないかと思います。
あ、ページを折るのは、角を三角にではなく、縦少し斜めに折って三角がちょっと上からのぞくように折る方が好きです。キャットイヤーとかドッグイヤーとかいうんでしたっけか。ですので、ページ折り機能はどちらか選べるようになってるといいですね。

それにつけても、内容は同じなのに表紙が違う(出版社が違う)だけで、文庫本とはいえ何冊も買うなんて、と正気の沙汰とは思われないことでしょう。
私も以前は、そう思っていました。表紙に左右されちゃいかんぜよと。

が、その表紙にインパクトがあって、内容にうまくはまると、以前に読んだのとは違う角度から光をあてられたような、
そも名作というのは、読み手の成長に応じて違う姿を見せてくれるものだと思っていますが、表紙はさらにまた違う姿を現わしてくれる触媒のような存在たりえるのかもしれません。

つか、違う姿どころか、以前に読んだときの記憶がないんですけどね。

小畑健氏の表紙は、本文冒頭、二葉目の写真を彷彿とさせるものですが、この学ランの、ひとをゾッとする笑みを浮かべた青年をこの本の主人公と想定して読むのと、
梅佳代氏の表紙の、半ズボンの少年(彼ら的にはキメッキメなんであろうポーズをとっている)のうちの誰かがこの本の主人公であると想定して読むのでは、
いずれも昔読んだ時とはまったく違う読後感が得られるのではないかと、想像するだに楽しいのですけども、

ああ、まあその、昔読んだはず、というか、やっぱり覚えてないんですけどね。

いいじゃないか、きっと二度美味しいよ、というわけで、手元に二冊あります。
『人間失格』。

どっちから先に読もうかしらん、と二冊並べて撫でまわしておりましたらば、角川文庫のほうがちょっと小さい事に気付きました。
それとも汚れなどのために天地をちょっと削ったりするとかいうアレですかね。

なんてなことを考えながら、天の部分を指でなぞっていたら、思い出しました。

私、新潮文庫が好きなんですよねえ。しおり紐がついてて、天がギザギザしてて。
あの、天が平らじゃないところが、なんだかたまらなく好きなんです。

あ、手元にある『人間失格』は、角川文庫と集英社文庫です。


…………。


………………………………。


………………………………………(検索中)………………………………うん、
 
 
そりゃあ、ね。
新潮文庫にもね、ありますよね、『人間失格』。


そうですよね、うん。そっかあ。うん。


えっと、じゃあ、とりあえず、



電子書籍には、新潮文庫の天部分の触り心地が再現されたら手を出そうと思います。

ええ、新潮文庫の『人間失格』につきましては、林田球氏の表紙で発行されたりなんかしたらビタ一文の迷いもなく購入しかねないので何卒よろしくお願いします。



と、いうわけで、本日は、本日もオチのない、こんなところへご訪問ありがとうございます。
まあ十代の頃にあまり太宰を読まなかったのは、おのれの中二病がイグナイトしかねない、と思ったからなのですがね。
代わりに萩原朔太郎でイグナイトしてた。








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