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2014年3月 5日 (水)

何だか何もかもうまくいかない日、がまたあったので、また贈り物のパスについて考える。

♪h~今日はイマイチ思いやりに~かける日だったとか~♪
と歌い出して(もちろん脳内)、
♪空っぽの冷蔵庫をあけ
 
……たあたりまで歌ってもタイトルを思い出せなかったのでおとなしく検索すればよかったかしらん、と思っていますコンニチハ。
なんか悔しいので、思い出したあと答え合わせのためじゃなきゃ検索しない。
 
え、さて。
 
先日また、
 
なーんか今日は一日中、なにもかもうまくいかなかったなあ、
 
と思う日がありました。
 
前に、何だか何もかもがうまくいかない日々を、受け取ったものは誰かにパスしないと呪いになる、と思い出したら抜け出した、みたいなことを書きました
 
けど、そりゃあもう受け取った贈り物が大きすぎてまだまだ充分にパスできていませんからね、そいつの影響かしらねえ、なんて考えながらエレベーターに乗り込み、
 
ふと、
 
「あー、そういやここんとこずっと、開くボタンを押してないなあ」
 
ちょうど私のあとから乗り込もうとするひとがいたので、
 
 ポチッ
 
と、やってみたんです。
あの、先に乗ってた方が、乗り込んでくるひとのためにとか、降りるひとのためにとか、開くボタン押してるアレ。
 
アレを私はここ数年、意識的に、やってませんでした。
 
理由は、
 
「合理的じゃないから」
 
センサーがあるから、誰かが乗降中ならわざわざ開くを押しておかんでも、開いててくれるんですよね。
そりゃあ駆け込んでくるひとがいたり、乗降にちょい時間かかりそうな場面に出くわした場合は別ですが。
 
で、その日は、なんとなーく、やってみっか、とポチしてみたのです。

 
 
すると、
するとです。
その日一日の、なんとなーくもやもや、が、するするするーっと、
指先から、ひんやりした開くボタンに吸い取られていきました。
 
あ、なんだ。
ここにあったのか。
 
乗り込んできたひとは、私に軽く会釈してくれました。
贈り物は、早いとこ誰かにパスしないと呪いになる。
誰かにパスできる何事かをいつも探しているつもりでしたのに、パスできる何かがこんなところにもあったなんて、気づかなかった。
 
何のこっちゃな話でしょうから、ええと、何とかして説明を試みます。
 
他人のためにエレベーターの開くボタンを押すのって、別に私が押してなくたって、
扉が急に閉まって挟まれちゃう、
なんてな事態はめったに起きそうもないので、
やっぱり合理的じゃないっちゃあ合理的じゃあないんです。
中2の頃の私なら、小馬鹿にして笑ったでしょう。意味なくね? ただのポーズじゃね? とかいって。
 
けども、うん、それは確かに、ポーズなんですよね。
ここに、あなたが扉に挟まれて痛い思いをしないようにと気を配っている人間がいますよ、
という。
見ず知らずのあなたが、不快な思いをしないように、ここに私がこれこのように、と。

 
そういえば、ここ数年開くボタンを押してないなんて言ったって、お友達とエレベーターに乗ったときは、やっぱり無意識のうちに、ニコニコと押しているんです。

 
些細なことです。
それでも、他人のあなたに、心配りを贈るというポーズを見せる、それもパスのひとつであったのだなあ、なんて気が付いたのでした。
 
気配り、ともいいますっけね。
まさに、「気」を、「心」を他人に配る。
 
  
そして、
 
合理的じゃないよね、
 
と配ることを怠っていた私は、その分、配ること、受け取ることの循環から遠ざかったところにいたのだと思います。
 
自分は受け取るばかりで配らなければ、流れは淀んで停滞する。
当然、受け取ることからも遠ざかる。
 
話が抽象的すぎますねえ、どうしよう。
ええと例えば、成功本だったかなにかで、
 
お金は溜め込むひとのところじゃなくて運用するひとのところに集まる、
 
とかなんとかいうのを読んだことがあるはずだなあという茫洋とした記憶を頼りに言い切ってみますが、
 
自分から贈り出さなけりゃ、なにも受け取れないもんなんじゃないの?
 
とかなんか思ってみたりなんかしちゃったりテヘペロ!的な。
 
うん、全然言い切ってないですね、知ってる。

 
 
そんなあんばいで、何だか何もかもうまくいかない日は、その日一日だけで終わりました。
 
その後はまた、
 
いや、まだパスし切れてないんスよ! なんかこう、たぶん八百万の神様だと思うんスけど、カウント間違えてません!?
 
と、またも思いがけない贈り物を何事かから受け取ってあわあわする日々です。
 
 
 
なんつって言っちゃうと、毎日毎日気配り心配りを欠かさない優等生な日々をおくっているかのようですが、そりゃまったくそんなことはないわけですけど。
 
実際は、
いやもうホント無理です今日は座らせて! 妊婦マーク装着なら席をゆずるけどスーツ着こなしたカクシャクおじいさまに前に立たれてもちょっとその気になれんわー、
という日の多いことときたら。
 
 
そして、ここに心を配る場所があった、と気付かせてくれた件のエレベーターでは、
 
 
……今日、そのエレベーターホールから少し離れた物陰で、
「猿の巨人」ごっこしてるとしか思えない様子でストレッチ運動するオジサンの姿がありまして、
 
 
ああ……、
 
 
もしいま、エレベーターがやってきて、ドアが開いたところであの猿の巨人が
 
「あ、乗ります」
 
とモッサモッサ小走りに来たならば、
 
 
私は全力でボタンを高橋名人するだろう間違いない、
 
 
と思いましたとさ。

 
あ、今思い出したけど冒頭の歌のタイトル、ゼロ、とかなんとかいいませんでしたっけ?
そうか、きっとゼロになれば、また何事かに満たされるということなのでしょう、
 
とかいってせっかく思い出したのだから、これを活用して何かこうステキっぽいブログっぽくまとめたいところだけど進撃の巨人を読み返したくなってしまったので本日はこのへんで。
 
こんなところへのご訪問、まことにありがとうございます。
 
 
 
    何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる     西行





猿の巨人が現れたのはたしか9巻あたりだったと思うけど、
あれはミケさんの叫びがトラウマレベルなのでこんな時間に読みかえせるはずがない。

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