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2015年2月 1日 (日)

『嫌われる勇気』の、読前感想。

「この本を読む前の私と、読んだ後の私は別人である」

と言うほかない読書体験があります。

 
それは、自転車に乗れるようになった私が、
乗れない私に戻るのは難しく、
乗れなかったときの感覚を説明することすら、
うまくできなくなってしまうような感覚に似ています。
 
読む前の私がどんなであったか、どうしても思い出せない。
『嫌われる勇気』も、もしかしたらそんな一冊になるかもしれないなあと、
そんな思いから、読む前に、いつもどおりだらっと、書いてみるのです。

【そのタイトルは、正直ピンとこなかった】 
 
まあその。
最初にタイトルを耳にしたときは、
読まねえな、
と思いました。
 
だって『嫌われる勇気』ですよ。
あの手の本かと思っちゃったのですよ。

他人の評価が気になって。。。
あるがままの貴女を出せずにいませんか?
それは。。。
貴女に「嫌われる勇気」が足りないから。
この本を読むだけで、
本当の素晴らしい貴女を

( ゚ 3゚)≡@ ペッ!!

ああ、すいません。
自分で書き出しておいて、途中でイヤになりました。
三点リーダーじゃなく句点を使ったあたりなんかもう、
ホントやり過ぎたと反省しております。
 
つまりその、お手軽な心理学とか自己啓発系の、
「読むだけで人生が変わる!」
「たった1分で自分が変わる!」
っていう、あれかと思ったのです。
 
書店のレジ脇で、お試し読み小冊子に出会うまでは。
 

「君はアルフレッド・アドラーを知っているか?」
 
ちらりと見たその問いかけに、呼ばれた気がして、
買った漫画と一緒に、ひょいとバッグに入れたのでした。
 
画像が粗いのは、家で手帳の脇にこいつを置いたとき、
「あれ、ペンのインクが出ないなあ」
と、ぐりぐりやった試し書きを隠すためです。
言ったら隠した意味ないけど。 

 
 

【あとから思う、出会いは運命だったって】 
※試し読みしか読んでません。
 
さてこの小冊子。
冒頭には筆者スペシャル対談。
アドラー心理学のことを、対談形式でざっくり解説してます。

以下、抜粋。

岸見 アドラーはそうやってなんの因果関係もないところに
原因を求めることを「人生の嘘」と呼びました。
たとえば「私は学歴が低いから出世できない」とか
「私の結婚生活がうまくいかないのは、
幼いころの家庭環境がよくなかったからだ」
といった話についても、
人生の嘘だとして明確に否定します。

 
ここらでもう、おんや? と顔を上げたのです。

アドラーの「劇薬」哲学だの世界がひっくりかえっただのと語られてるのに、
まったくそんな気がしない。
既視感があり、肌なじみのよい話です。

小冊子の後半は単行本のお試し読みで、
特に以下の部分で確信しました。

哲人 (略)「いかなる経験も、
それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。
われわれは自分の経験によるショック--いわゆるトラウマ--
に苦しむのではなく、
経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。
自分の経験によって決定されるのでなく、
経験に与える意味によってみずからを決定するのである
 」と。

 
これは、ABC理論ではないのですか?(リンク先はWikipedia「論理療法」です)

ABC理論は、まさに私が、
この本に出会わなかったら、いま、私は生きていないだろう、
という本、
『〈自己発見〉の心理学』で読んだものであり、
今でも何か悩みが勃発すると、
「待って待って、いま私はどんなビリーフを持ってるの?」
と使っているものです。

思いがけないところで人生の恩人に似た人に出くわし、
ドギマギするような気分で調べてみましたところ、

論理療法(ろんりりょうほう)とは、心理療法家アルバート・エリス(Albert Ellis)によって1955年頃に創始された心理療法の一つである。広義の認知療法では最初のものとされている。
 
理論
人の悩みは出来事そのものではなく出来事の受け取り方によって生み出されるものであり、受け取り方を変えれば悩みはなくなるというのが基本的なスタンスである。そして、それはABC理論とイラショナル・ビリーフに集約される。

(Wikipedia「論理療法」から)

なるほど、ずっと国分康孝先生で記憶してましたが、
ABC理論は論理療法の理論で、その創始者は、アルバート・エリスである、と。
 
で、アルバート・エリス、で調べると、
「アドラー心理学の影響を受け、北米アドラー心理学会の会員でもある。」(Wikiさん)
 
つまり、
私の命を癒し、救った温泉の、その源泉が湧き出る場所、
その地への観光案内を、まるきり偶然、手に取ったようなもんです。
いや、師との出会いに偶然はありません。
て、内田樹センセが言ってた。

運命の出会いに、しかし私は、
 

一抹の不安を、ぬぐい去れないのです。
 
 
 
【その「青年」からダメンズの香りを感じる】 
 
この小冊子によりますと、『嫌われる勇気』は、
「哲人」と「青年」の対話形式を採用しているとか。
 
えっと……、

全編にわたって、対話形式ですか?

いや、別に構わないんですが、
ずっとこの、哲人と青年のやりとりを読まされるのかと思うと、
不安なのですよ。
 
この青年、筆者対談では、
 

アドラーの思想を説く哲人に対して、
血気盛んな青年がありとあらゆる角度から疑問を投げかけていく

 
お試し読みの扉では、青年の独白調で、

この混沌とした世界がシンプルだと? 
人はいつでも変われるだと? 
しかも、いますぐ幸せになれる? 
……冗談じゃない、そんな議論はすべて偽善だ。
この苦悩に満ちた人生に、特効薬なんてあってたまるか。
徹底的に論破して、化けの皮を剥がしてやる。

なんかもう、すでに痛々しいじゃないですか。 
論破とか言っちゃってるあたりで、
なんかもう負けフラグがビンビンじゃないですか。

お試し読み本文でも、

青年 わたしの友人に、もう何年も自室にこもりっきりになっている男がいます。

それ自分のことだろ。

「友達の話なんだけどさー」ていう、
定番だろ。

などといちいち突っ込んでしまって、
まったくアドラー心理学が頭に入ってきません。

さらに哲人が、「原因論」と「目的論」の違いの説明を青年に迫られて、
たとえとして、風邪で高熱を出して医者に診てもらった話をするくだり。

 

哲人 (略)そして医者が「あなたが風邪をひいたのは、
昨日薄着をして出かけたからです」と、
風邪をひいた理由を教えてくれたとしましょう。
さて、あなたはこれで満足できますか?
青年 できるはずもないでしょう。
理由が薄着のせいであろうと、雨に降られたせいであろうと、
そんなことはどうでもいい。
問題は、いま高熱に苦しめられているという事実であり、症状です。
医者であるならば、ちゃんと薬を処方するなり、注射を打つなり、
なにかしらの専門的処置をとって、治療してもらわなければなりません。

なにをまんまと哲人ご期待どおりに
「できるはずもないでしょう」
なんて返答をしちゃってるのかと。
 
ほらもう、哲人てば、ほくそ笑んじゃって、
(そんな描写はない)
でしょ? 原因論もね、原因を指摘するだけなんですよー(笑)(笑)(笑)
(そんなセリフはない)
て、なっちゃってるじゃないですか。
(なっちゃったかどうかは分からないけど、きっとなってる)
(少なくとも(笑)1個分くらいは、きっとなってる)

 
 
もう、ね。
ちょ、おま、徹底的に論破しに来たんじゃなかったのかよ、と。
 
そこはさ、
 
「ただの〈薄着のせい〉なら、家で暖かくしていれば治ります。
 何でもかんでも薬を出し、抗生剤を出すような医者に比べたら、
 よほど真摯な医者だと思いますよ!」

くらい、言ったれよ!
抗生剤は腹下すから、
「とりあえず抗生剤出します」の
「とりあえず」にムキッってなるのよ!
(後半は私個人の腹事情です)

 
……いえ、それじゃあ話が続きませんから。
わかってるんですよ、青年の役どころは、
哲人に疑問を投げかけることで、
アドラー心理学をわかりやすくすることなんだって。

 
ただ、一応「論破してやる!」ていう血気盛んキャラのわりに、
まんまと哲人の思惑どおりの返答をしたり、
まあまあとなだめられて大人しく話題を変えたりして、まるで、
ときどき青年が、ちらっとこっちを見ちゃってる感があるのですよ。
ほら、こういう質問すると、わかりやすいでしょ?
みたいな。
 
なんかこう、

演技がイマイチなイケメン役者の芝居を見てる気分だなあって。
 
せっかくだから、
 
哲人:佐々木蔵之介
青年:三浦涼介

 
で、どうでしょう。
(どうでしょう言われてもな)
 
急いで付け加えますが、
三浦涼介の演技がイマイチなのではないですよ。
「演技がイマイチ」「時々観客のほうを見ちゃう」という演技を彼にしてもらったら、
きっと可愛かろうなあって。
(去年『ロンドン版ショーシャンクの空に』を観ました)

A6サイズの小冊子、試し読み箇所は扉をいれて9ページ。 

すでにツッコミ疲れを感じつつ、それでも私は、
『嫌われる勇気』を読もうと思います。
 
このおっちょこちょいな青年が、
どんどん哲人にまるめこまれていく様を、見届けたいのです。

きっとラストでは、滂沱の涙を流して哲人と熱い抱擁をかわすのであろうなあ。
(それは多分ない)

 
本日は、まだ読んでない本でぐだぐだ語るこんなところへご訪問、誠にありがとうございます。

 
    何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる   西行

 

 
でもやっぱりちょっと観たいわ、佐々木蔵之介と三浦涼介で。

 
 
関連記事:

2015年3月 1日 (日)『嫌われる勇気』感想2@アドラー先生はどうだか知らないけど哲人は優しい

2015年2月19日 (木)『嫌われる勇気』感想~アドラー先生はレリゴーを歌わない
読後、希望するキャスティングが変わりました。 
 

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